文學界

平成ペイン8

平成ペイン8

8  バイト帰り、足羽川沿いの石段に座って、僕らは缶ビールを飲んでいた。もうすぐ夏休みが終わる。九月も後半になると、夜は風が少し冷たく感じる。月がやけに明るく、空はしんと黙り込んでいた。音もなく雲が流れ、川のせせらぎが心を引き寄せようとする。意識が川に溶け込んでいく。 「川にはさ」 「魚がいる」 「いるとも。じゃなくて...

平成ペイン7

平成ペイン7

7  遠くで何か聞こえたような気がした。すると不意に肩を優しく揺すられた。 「あんた、大丈夫?」  目を開けると、丸い顔のおばさんが心配そうに覗き込んでいた。僕は彼女の顔を見て「どこにでもいそうなおばさんだ」と思った。そんな人間の典型を彼女の顔は含んでいた。つまり、現実に根を生やした正しく好ましい人間だった。 「あれ、...

平成ペイン6

平成ペイン6

6  風呂上がりの清潔な体でまた雨の中に出ていかなければならないのは億劫だった。しかしこんなところで止まってもいられない。僕は先に進まなければならない。雨の中峠道を進み続ける間に僕の中ではますます懺悔のような感情が強くなっていった。僕は僕の家族についてもっと考えなければならない。ポンチョ型の雨合羽を着て赤いママチャリに...

平成ペイン5

平成ペイン5

5  僕の悪徳の中で最もタチの悪いものは高校を三ヶ月間休んでいた頃に顕著に現れ始めた人間嫌いだろう。それ以後の僕はいつもどこか人間に対して嘲りと軽蔑を持っていたように思える。日ごとに人間のインチキが我慢ならなくなっていく。そしてそんな僕が一番嘲りを持って見つめているのはいつも自分自身であった。他人のことはどうにもならな...

平成ペイン4

平成ペイン4

4  それなのに、僕は未だなぜかこの地に留まっている。小説は書いたのか?もちろん書いていない。なぜ書かないのか?僕にもわからない。書くことがないのだ。考えれば考えるほど、僕の中には何もないように思えた。自分というものは本当に存在するのだろうか?こうやって考えているのもどこかの誰かの言葉を借りたものでしかない気がする。本...

平成ペイン3

平成ペイン3

3  僕が新入生として福井に引っ越して来た春。足羽川沿いの桜並木を眺めながら、その時の僕もどうしてこんなところにいるのだろうと考えていた。風はまだ少し冷たい。曇り空の下で少し強い風が桜の枝を揺らし、花びらが無造作に撒き散らされていた。それでも多くの人にとってその光景はもう少し好意的に捉えられたのだろう、春の訪れに柔らか...

平成ペイン2

平成ペイン2

2  僕は高校生まで太平洋側の地元三重県で暮らし、大学進学に伴い日本海側の福井県福井市に引っ越してきた。この地で夏を迎えるのは今年で三回目になる。太平洋側で暮らしてきた僕のイメージでは北陸といえば雪。冬こそ厳しいけれども夏は涼しく暮らせるのではないかと世間知らずに思っていたのだが、日本の夏の暑さはどこでもたいして変わら...

平成ペイン1

平成ペイン1

1  理由のない絶望、なんて書くとあまりにも大げさだが、対象のないこの苛立ち、焦燥感、息苦しさは昔からずっとつきまとっていた。目の前が真っ暗になる。足元が突然抜けるような感覚。そんなありきたりで被害者ぶったことを言うわけではない。もっと漠然とした、意識にのぼるかのぼらないかあたりにぼんやりと浮かんでいる赤い風船のような...

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