習作

平成ペイン3

平成ペイン3

 僕が新入生として福井に引っ越して来た春。足羽川沿いの桜並木を眺めながら、その時の僕もどうしてこんなところにいるのだろうと考えていた。風はまだ少し冷たい。曇り空の下で少し強い風が桜の枝を揺らし、花びらが無造作に撒き散らされていた。それでも多くの人にとってその光景はもう少し好意的に捉えられたのだろう、春の訪れに柔らかい笑みを浮かべる家族や恋人が多く目にとまった。

「撮りましょうか?」

 川沿いの小道をトンネル状に覆っている桜の下で、正しく歳を重ねてきたのがにじみ出ている温和そうな老夫婦に声をかけた。型の古いデジタルカメラのストラップを首から外し「すみませんお願いできますか?」と老紳士は微笑んだ。フィルターを除くと角度的にあまり咲き誇る桜が入らなかったので、下から下からと構図を求めるうちに這いつくばるようにしてシャッターを切った。そんな僕を見て二人は笑った。

「いやあ、ありがとうございました」

「いえ、なんかすみません、つい」

「いえいえ、素敵な写真をどうも」

 膝についた砂と花びらを払って僕らは握手した。

 きっとそこまで求めていなかっただろう。自分の望みすらわからないのだ、他人の望みなどわかるはずがない。しかし自分が何を望み何を求めているのかわからなくとも、今いるその場所は自分の足でたどり着いた場所であるのだし。それなのに僕は昔からいつどこにいたって不満ばかり感じていたように思う。

 被害者意識。それが僕の一番の問題なのかもしれない。いや、おそらくそれは僕だけではなく、僕らの世代の多くの日本人が陥っている問題ではないだろうか。誰かから何かを与えられることを当たり前に感じているような勘違い。あまり深く考えなくてもきっと誰かが救ってくれる。そんな甘い考えで生きてきた、生きていくことができた、そんな僕たち。自由を欲するふりをして、本当はそれが一番怖い僕たち。生きることに対して何の熱量もなく、ただ漠然と、同じように、無意味に、無価値に。それがあたりまえだから。あたりまえこそ正義。

 救われたい。昔からずっと無意識にそう思っていた。何から?わからない。どこへ行きたいのか、どうなりたいのか。そんな具体的なものはありもしないのに。

 福井大学へやって来たのは、そこがあまり勉強せず入れるところだったから。大学で何かを研究したいと具体的に考えていたわけではない。工学部知能システム工学科というよくわからない漠然とした学科を選んだ理由は、確かダイハードを見てハッカーに憧れたからだろう。しかしそれなら情報メディア学科というものもあった。それなのに知能システム工学科を選んだのは、脳の話を聞けるといいなとなんとなく思っていたからだ。この学科では情報工学に加えて機械工学、さらには脳などの生物的な講義も受けることができた。大雑把に言うとロボットを作ろうよって感じの学科。受験勉強の息抜きで読んだ「われはロボット」や「アンドロイドは電気羊の夢を見るのか」といったSF小説が強く影響したのだろう。芯がないのでその時目の前にあったものに染まってふわふわと足を運んでしまう。だから大抵長続きしないし、何も蓄積されず何も成し遂げることができずにここまで来た。

 そもそもが言い訳の上に成り立っている人生なのだ。本当のことを言うと、僕は何もしたくない。受験生の時は勉強がしたくなかった。なので言い訳のためにある夢を立てた。それが小説家になるという荒唐無稽なことだ。そして大学選びは小説を書くための時間を作るためでいいのでどこでもいいなどと言ってのらりくらりと先生や親の説教をかわしてきた。だから今このような文章にわざわざ時間を割いて自己嫌悪を掘り返しながら必死に書いている。

 大学は想像していたよりも数段面白くなかった。もちろんそれは僕の取り組み方の問題だろう。同期と関わることもせず講義に出て出席カードに名前を書いたあとは小説を読みふけっていた。学生カードを読み取り機に通せばいい講義ではそれだけして帰ることもままあった。周りとの関わりに無関心だったのは入学した週にあった泊りがけのオリエンテーションが原因だ。

 学科の生徒全員でバス移動し、近くの温泉地に泊まった。相変わらず薄暗い曇り空の日だった。旅館も空模様に合わせるように古ぼけた冴えないビルだったが、それはそれで僻地の趣があり好ましかった。僕らは学籍番号で班分けされ、その班のメンバーでできることでベンチャーを起業するとしたら何をするかということを話し合って翌日発表するようだった。

 人見知りで人嫌いの僕だが、初めは何とか溶け込もうと努力もした。しかし彼らの考えることは、感覚すべてがゲームの世界に入れるようなフルダイブゲームを作るといったものや、人工知能で全自動のマンションを作るといった、どこかで聞いたことのあるアニメの世界のような話ばかりだった。

「うーん、それはなんか今回の問題と意図が違うんじゃないの?」

 正直ドン引きしながらそう言うと、驚いたことにみんながみんな「いやベンチャーってこういうことだよ」と真面目くさって言うので何も言えなくなってしまった。こいつらは一体何者なのだ、それぞれがいったいどんな資金と能力を持っているというのだ。もう考えるのもあほらしくなり、この時点で大学を辞めたいと強く思った。僕が何か素敵なアイデアを考え出して話を別のところへ持っていければよかったのだが、あいにく僕は僕が願うほど賢くも有能でもなかった。残念。

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