習作

幕を上げる

幕を上げる

 悦子へ

 突然のお手紙に驚かれたことでしょう。私たちが連絡を取り会わなくなってから、ずいぶんと長い時間が流れたような気がします。けれど、実際にはたった数年。私たちが出会う前に流れた時間のほんの三分に一ほどでしかないのですね。私たちはたった一夏でお互いのことを一番信頼するようになったのですから、会わなかった時間など関係ないと思います。

 悦子の結婚式からもう干支が一周したということに驚いています。あの頃は素直に祝ってあげられなくてごめんなさい。私の頑固なところを分かってくれる悦子には今までとても助けられてきたのに。それでも悦子は、演出家はそれくらいじゃないと、なんて言って笑ってくれましたね。女優と演出家、お互いに面倒な人間同士でよく友達になれたなって、今でも思い出して笑ってしまいます。

 要件の前に、いくつか私たちのことを報告させてください。悦子なら、優柔不断な私のことを許してくれるよね。まず、がるるの子供が中学受験に合格しました。前に悦子が会った時はまだ小学校に上がったばかりじゃなかったかな。すごいよね、あのがるるの子がだよ?「トンビが鷹を生んだか」なんてゆっこが言ったらさ、がるるは「鷹どころかファルコンだよ」なんて笑ってるんだから、相変わらずです。ところでファルコンってハヤブサのことだよね。鷹とハヤブサ、どっちが上なんでしょうか。そんなことを尋ねたらきっとがるるは「ファルコンの方がかっこいいじゃん」って拗ねるだろうから言わないけどさ。

 そうだ、明美ちゃんの高校の演劇部がついに地区大会で優勝したんだよ。私は見に行けなかったんだけど、がるるが「感動した!」って騒ぎっぱなしで大変だった。がるるが言うには私たち越えられちゃったらしいよ。若いってやっぱり羨ましいね。でも私たちだって、あの頃できる最高の舞台ができたと思ってる。それはいつまでも私の誇りです。明美ちゃんはいい先生だよ。女の子たちはみんな明美ちゃんに憧れて先生になるって言ってるみたい。そこで女優になるって言ってた悦子やゆっこはやっぱり頭がおかしかったんだなって再確認できました。

 ゆっこのことは、私から改めて報告しなくても知ってることが多いんじゃないかな。あの子は歳を重ねるごとにますます綺麗になっていきます。最近は若い子たちにキラキラした主役の座を奪われたって嘆いてるけど、本当は今とっても楽しんでると思う。役の幅がどんどん広がって、もう日本には欠かせない女優って言ってもいいんじゃないかな。この春に始まるドラマにも出てるから、旦那さんと一緒に見てあげてね。甘えん坊なところは今でも変わらず面倒くさいけど。それと、そろそろ結婚したらいいのにって思うんだけど、まだまだ恋がしたいんだって。

 私は、まあなんとか、赤字を出さずに頑張っています。劇団の運営は難しいけど、やっぱり演劇は楽しい。どこまでいっても、まだその先がある。完璧だって思った舞台を、みんなどんどん越えていくんだ。私はそんな瞬間が見られてとても幸せ。もちろん、思うようにいかなくて辛いこともあるし、というか、そういうことの方が何倍も多いんだけどさ。当たると思った舞台は当たんなくて、ダメだろこれって脚本が当たることもある。なんであんな舞台が人気なのって思うこともあるし、自分なんかもうダメだって思うこともある。けど、やっぱり楽しいの。今この瞬間、自分たちが一番だって思える瞬間を知ってるから。どこまででもいけるって思う瞬間を、あの頃知っちゃったから、やめられないや。

 ねえ悦子、あなたは今幸せですか?こんなことを訊くのは、皮肉とかじゃないって分かってほしい。私が皮肉なんて言えるとも思ってないでしょ?まあ、私だってそれなりに歳をとって、そういう部分もなくはないんだけどさ。ただ、私はまた、あなたと舞台がしたい。

 今年の夏、新しい舞台があって、女優を探しています。脚本は、私たち劇団クローバーの、今じゃ伝説になってる初舞台を手がけてくれた、あの人だよ。プロとして、ゆっこと悦子が主演で、私が演出をした、最初で最後の舞台。ゆっこはもう予定を開けるよう事務所に言ってくれてあるって。私は、悦子のことを待っています。

 今でも、どこまでも一緒にいけると思ってるから。

 高橋さおり

 

 暖炉の火を見つめながら、悦子はしばらく何かを考えるふりをしていた。実際には自分が何も考えていないということを彼女自身は知っていた。それは彼女の癖のようなものだった。時間をやり過ごし、何も考えないようにするために、周りには何かを考えているようなフリをする。そうしないと、平穏で幸福な日常は、あまりにも長かった。

 手紙をそっと、暖炉の火の方へ近づけてみた。それを押し返すように、彼女の小さな手に、抗いがたい熱が伝わってきた。一筋の雫が音もなく彼女の頬を流れ落ちた。彼女は幸福なはずだった。立派な夫がいて、愛する子供が二人もいた。暖炉のある大きな家が一等地にあり、キッチンは誰もが羨むような大きさで、壁には彼女の趣味の写真が額縁に入れられて飾られている。彼女の考えでは、女として他に望むものなど何もなかった。それなのに、どうして自分は退屈なのだろう。全てを裏切るような自分の感情を、悦子はなんとか握りつぶそうとしていた。

 高橋さおりと、特に橋爪裕子の活躍は、テレビや雑誌で毎日のように目にしていた。初めは彼女たちが、かわいそうだと思った。いつまでも自分たちをさらけ出して生身で生き続けていては、本当に安らげる幸福を手にすることはできない。しかし、その幸福が、いったいなんだっていうのだろう。悦子は、そんなものよりも尊いものを、知ってしまっていたのだから。

 手紙をテーブルに置いて、エスプレッソマシンでカフェラテを落とした。静かな広い部屋に豆を挽く音が響き、また静かになった。ステレオから適当なジャズを流して、悦子は昨日撮った写真を眺める。赤いちゃんちゃんこを着た夫は、年相応に老けていた。しかしその目はいつまでもエネルギーに満ちていて魅力的だった。それでも、ただそれだけだ。

 その隣に写る上の子は、夫の魅力的な目を受け継いでいて、意志の強そうな鼻筋が年齢よりも彼を大人びて見せている。都立中学に通う彼は学年でもトップクラスの学力で、サッカー部でも一年生ながらレギュラーに入っている。ピアノも弾きこなす美男子の彼は自慢の息子だった。

 下の子は小学五年生ながら息子以上の落ち着きを見せる聡い子だ。場の雰囲気に合わせて明るく振舞うこともでき、悦子は娘に女優としての才能を感じていた。娘は接する相手の望むように自らの性質を変えることができるので、本当の彼女がいったいどれなのか母親である悦子にもわからなかった。器用になんでもすぐこなしてしまい、バイオリンの先生にもプロを目指すことを勧められているのだが、本人は何にも熱意を持っていない。冷たい子ではない。誰よりも優しく、誰のことも受け入れる。いじめられている子がうちに遊びに来ることは昔からよくあった。けれど娘が本当に仲の良い子は誰かと問われれば、悦子には一人も思い浮かばないのだった。

 どこにでもありそうな家庭の不安はいくらでもある。子供の交友関係に進路、夫の体重と健康、親せき付き合いにご近所付き合い。最近特に話題に上がるのは地域のゴミ収集問題だ。しかしそんなことは暇な主婦のみなさんが勝手に議論してくれればいいと井戸端会議に参加しながら悦子はずっと思っていた。相槌を打ちながらもいつもどこか上の空。容姿のおかげか、ミステリアスか天然な奥様だと思ってくれているみたいだが、心の底ではそんな彼女たちのことを心底軽蔑していた。そして自分もそんな暇な主婦の一人だということを考えると、心底自分が嫌になるのだった。

 何歳になっても人間は何が正しいのかはわからない。人生は選択の連続だというのに、その答え合わせをするには時間がかかりすぎる。そしてその頃にはもう引き返すことはできないところまで来てしまっているのだから、神様は残酷だ。

 けれどさおりは、そんなことないって言うのだろう。そう思って悦子は笑った。この世界を諦めた悦子とは違い、さおりは未だにこの世界のことを信じているのだ。これからもう一度舞台に立つなんてことは、悦子には考えられないことだった。今更人前で恥をかくなんて、死んだ方がましだ。そして何より、旦那に恥をかかすわけにはいかなかった。

 旦那と出会ったのは、さおりが劇団を立ち上げる前年のことだった。悦子は当時所属していた劇団の公演で舞台から落ちて大怪我を負った。その時の手術を担当したのが彼だった。自分の倍ほどの年齢だった彼と話すうちに、悦子は自分の世界がどんどん広がっていくことを感じた。彼は悦子の知らないことをいくらでも知っていて、知らない場所に何度も連れて行って驚かせてくれた。知的で包容力があり、何よりもエネルギッシュな彼に、悦子が恋をするまでにはそれほど時間がかからなかった。一年後、さおりと劇団を立ち上げ、初舞台を成功させた時には、彼女はお腹に新しい命を宿していた。有終の美を飾り伝説を作るように悦子は引退して結婚し、それからずっと良い妻として夫を支え続けた。舞台に焦がれる夜はあったが、彼女は小さな子供の手を握ることで心の底から満足を得ることができた。これでよかったんだと、何度も自分に言い続けた。

 子供が彼女の手を離れ始めると、悦子は自分の中の空白から目を逸らすことを意識しなければならなかった。それは学生時代からずっと彼女の中にあったものだから、目を逸らすことはそれほど難しいことではなかった。感じないように、考えないようにすることに彼女は慣れていた。しかしその空白が何をできるのか、彼女は知っていた。その空白自体ではなく、知っているということが彼女の苦しみだった。

 ピアノに近づき、ポロンと鍵盤を鳴らしてみる。音が彼女の中で反響し、彼女の空白を震わせる。息子が小さかった頃、一緒に練習した優しい曲をゆっくりと弾く。幸せの記憶で胸の中を浸すように努める。しかし彼女は混乱して何も思い出すことができなかった。新婚旅行で行ったヴェネチアの景色さえ、自分の記憶だという実感を持つことはできなかった。まるで誰か知らない他人のつまらない幸福の物語を見せられているように、彼女はそこに何の感動も持ち合わせなかった。

 その脚本を見つけてきたのはゆっこだった。悦子の知らない名前の脚本家だった。どうやら売れない小説家が賞に応募して落選したドラマ脚本らしく、彼女がその名前を知らないのも当然だった。しかしゆっこの押しに参って読み出したさおりはその物語に強い印象を受けた。脚本としてはお粗末なものだった。しかしさおりはそれをどうにか舞台の脚本に直したいと言い出した。悦子は劇団クローバーの初公演がどこの誰だかわからない脚本家のもので行われるのに反対だった。しかし悦子が反対した時ほどそれを覆そうとさおりはいい仕事をしてくるのだった。

 タイトルは「ドュ・ユ・ワナ・ライブ?」というもので、どこにでもいるような五人の女の子がアイドルを目指し、何度も壁を乗り越えて最後には国立競技場の舞台に立ち、五万人の前で笑顔の天下を目指すことを宣言するという話だった。さおりが直した脚本では、等身大の五人の女の子それぞれが汗と涙にまみれながら自分たちで道を切り開いていく姿が実に印象的に描かれていて、悦子は首を縦に振らざるを得なかった。どこにでもいるような女の子たちは物語が進むにつれ、ひとりひとりがかけがえのない存在に成長していく。悦子はその五人のことを「奇跡の五人だね」と言って笑った。

 しかし制限のない小説ではなく、時間と場所という制限のある舞台でその物語を再現するのは至難の技だった。悦子とさおりとゆっこは毎晩のようにさおりの家に集まって議論を重ねた。キャスト、衣装、舞台装置、劇場、考えなければならないことは山ほどあり、その困難の険しさは彼女たちが表現しようとする物語ともリンクしていた。しかしその過程は苦しいものではなく、悦子の人生で一番楽しい時間だった。何度も喧嘩しながら自分たちで作り上げていくその世界への想いは愛と呼んでもよさそうだと思った。

「ねえ、このセンターの子さおりっぽくない?」

「あー確かに。じゃあこれはさおりで」

「ちょっと待って、あたしは演出家だから!舞台には出ないって!」

「でも予算そんなにないでしょ?」

「そうだけど、その子ほとんど主役じゃん!」

「でもこの子は自分が主役なんてこれっぽちも思ってないんでしょ?さおりがト書きにそう書いてるじゃん」

「そうだけど」

 さおりのマンションのベッドに三人でひっついて横たわりながらそんなやりとりをした。さおりは結局いい役者を見つけてきたので舞台に上がることはなかった。そのことでゆっこは随分拗ねていたが、役者としてはプロなので稽古場ではさおりの言葉にきちんと耳を傾けた。さおりがあてがわれそうになった役をこなした女優は、それからゆっこと共に大きな注目を浴びることになり、今は朝ドラで活躍している。ゆっこは未だに彼女ととても仲が良く、公式Instagramにはよくツーショットが投稿されていた。

 悦子は劇団クローバー初公演の映像を見返しながらそんなことを思い出していた。あの頃は人生の全てが演劇の中に浸されていた。生きるということ全てが演劇に繋がっていた。空も、風も、太陽も、全てが彼女を浮かび上がらせる演出に過ぎなかった。何もかもを失っても、自分がこの世界に残っていればそれでよかった。そんな傲慢さが女優には許されていた。そしてそれが怖くなっている自分がいた。夫との関係はさおり達にも打ち明けることができなかった。彼女は妊娠を知った時、自分が心底愛してるそんな人生から逃れられるということに安堵した自分を感じたのだった。だからもう、続けられなかった。

 それなのに、さおりはもう一度あの舞台に戻ってこいと言うのだ。なんて勝手で残酷なことを言うのだろう。悦子の恐怖を見抜き、それを理解してなお、さおりは彼女に手を伸ばすのだった。

 あなたは今幸せですか?そう問われれば、悦子は迷わず幸せだと答えることができた。そしてその答えには周りの誰も疑問を抱かないだろう。しかしさおりは、そんな悦子の胸の中で何かがきゅっと軋む音を聞き分けることができた。夫も子供も気づかないその音を、演出家の彼女は鮮明に聞き取ることができるのだった。演出家には敵わない、と思いながら悦子は映像を消した。

 旦那に相談してみようかと思ったが、そんなことをしても仕方がないとわかっていた。全ては自分が決めることだった。さおりと出会った高校生の頃から、舞台の幕は上がっていた。それを下ろしたのは悦子自身だった。だからもう、誰も幕を上げてはくれない。その先の世界を見たいのならば、悦子は自分で幕を上げなければならなかった。さおりは、彼女にそれを求めていた。舞台で演じるのは演出家ではなく役者だ。そこで物語を紡ぎ出すのは脚本家ではなく役者だった。舞台では誰も助けてくれない。自分だけを頼りに世界を生み出さなければならなかった。その世界は役者のものだ。だから、自分で決めなければならない。

 悦子は手紙を掴むと、コートも羽織らず外へ飛び出した。彼女の耳にはもう満場の拍手が聞こえていた。想像してしまったのだ。だからもう、悦子の負けだった。さおりのせいだ。この世界を舞台にどこまでも生きていきたいという欲求を、これ以上抑えることはできなかった。たとえその選択が間違っていて、いつか後悔する時が来ても、それは今ではないのだから。そして人は今しか生きられないのだから。今を蔑ろにしないように、今を全力で駆け抜けたいと、悦子は強く思った。さおりが昔こんなことを言った。

「世界を救うのは、きっと、いや絶対、馬鹿なやつだよ」

 三人で笑って、そんな馬鹿になりたいねと話したことを、悦子は忘れていなかった。

ひとこと

随分と説明不足ですが、これはももクロ主演の映画「幕が上がる」のその後の物語です。

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