DIARY

夜の雪道を見て帰郷を決める

夜の雪道を見て帰郷を決める

煙草を吸いに外へ出た。この宿では中に喫煙所がない。煙草を吸うためには大げさな上着を着重ねて冬山の寒空へ出ていかなければならない。

指が痛くなる前に風を遮り弱々しいライターで火を付ける。別に美味しいわけではない。煙草は嫌いだ。ただ習慣として吸っているだけである。体質にもあまりあっていないように思える。一日の終わりにだけ吸うこの一本のおかげで、体と頭は一段と重さを増して気分が少し悪くなる。

それでも煙草を吸う。何故か。だから習慣のせいだ。なんとなく吸わなくてはいけないような気持ちになる。煙を空に吐き出して、そのまま星を見上げた。僕は星に詳しくない。あれだけたくさんの光が訴えかけているのに、僕はその一つとして名前を知らない。いや、それは言い過ぎだ。シリウスくらいは知っている。けれどそれだけなので、結局何も知らないのと同じようなものだろうと思ったのだ。

三段の凍った階段を注意深く降りた。凍った雪が足元でひしゃげた音を立てる。冷たい風が頬を通り過ぎ、温もりを求めるように深く煙草を吸っては咳き込んだ。

空を見上げるのも疲れる。首が痛い。だから僕は足元を見た。それからその先に続く雪道を見た。暗闇の中の雪道はずいぶんと冷たく、しかし目が闇に慣れるにつれ、その中に何かを見たような気がした。

きらめきだった。雪道に星が落ちていた。月明かりを跳ね返し、きらめく星が雪道の上であちらこちらに瞬間を映していた。

まるでヘンゼルとグレーテルのようだと思った。しかしこれはどこへ向けての道標なのだろう。僕はどこから来て、どこへ行くというのだろうか。雪上の道標は僕をどこへ誘うのだろう。

そんな気になってほんの少ししるべを追ってみた。しかしすぐに引き返す。体がずいぶん冷たくなってきた。煙草も燃え尽きた。

部屋にとって返し、雪上の道標という言葉を気に入って帰ってきた自分を恥じた。なんと安直な感性であろうか。

しかし僕の不安定な心はその言葉である方へ大きく傾いた。

つまり、帰ろう、と思ったのだ。

この雪山の上の宿を後にして、家に帰ろう。そうしてもう一度始めようというのだ。

可能だろうか。こんなに早く心が折れてしまった僕に、もう一度何かを目指すことができるだろうか。僕は何者かになれるのだろうか。これでいいのだろうか。

そんなことは考える。しかし単純な話だ。この隔離生活に耐えかねた。もう帰ろう。

いつになるだろう。早めに言おう。今日決めた。今月中に帰れたら嬉しい。

生活を夢見ていろいろと調べる日々を続けていた。安定した住処で、安定した仕事をすること。

いろいろ考えた末、やはり諦めた。

旅人になろう。そのためのチャンスが僕には今普通に暮らしてきた人たちよりも多くある。

旅人になろうと思う。まずは帰ろう。それから考えよう。ただもうここに居続けることはできない。心が疲れた。去ろう。去ろうかどうか悩む時間が無駄だ。去ろう。ただちに。逃げる。それでいい。いままでずっとそうしてきた。今更なんだっていうんだ。この地を去る。何ができたわけではない。恥が残っただけだ。それでもいい。去ろう。

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