習作

星の軌跡

星の軌跡

こんにちは、makotoです。

この小説は漫画「プラネテス」のパロディのようなものです。

 

これから新人賞に応募していない習作をこちらにのせていこうと思っています。

ただ、今のところ書いたものはほとんどなんらかの新人賞の結果待ち状態であまりのせるものがないという。

今書いているものも応募用の話だし。

なので結果が出る五月ごろから更新していくことになるかと思われます。

星の軌跡

「だって、好きなら何よりもまずそばにいないといけないと思う」

あの日、ロイはアリスに自分でそう言った。それは彼の今までの経験によって導き出された考えだった。ロイにとって誰かのことを好きになるというのは、何よりもその相手を優先するという意味で、彼は実際そのために大学を中退したことすらあった。そして船乗りとなり、宇宙を気ままに旅する生活を送るようになった彼は、もう自分が誰かを本気で好きになることはないのだろうと思っていた。しかしそれは間違いだった。

「信じていれば、距離は関係ないんじゃない?」

アリスはそう言った。しかし、彼女自身があまり人を信じられないというのだから、そんな言葉にどれほどの意味があるのかはわからなかった。それでもロイの心は喜びに満ち溢れていた。彼はその時まだ気がついていなかったが、まっすぐに目を覗き込んでくるその女性のことをどうしようもなく愛し始めていた。理由は彼にもわからなかった。アリスは、月面軌道上にある国際宇宙ステーションの管制塔で、ロイのような船乗りたちに指示を出していた。ロイは初めて彼女の指示を受けた時から、その声が好きだと思っていた。ユーモアに溢れた彼女とのやりとりは寄港の際の楽しみ、というよりも、もはやその声を聞くためにこのステーションに寄り道するようになっていたのかもしれない。しかし、ロイはしばらく拠点を火星に移すことが決まった。だから最後の記念にと思い、管制塔との会話の際に、冗談めかしてアリスを食事に誘ったのだった。しばしの無言の後、回線が切れた。しまった、と思ったが、まあいいか、とも思っていた。自分は遠くへ行くのだし。その時、プライベート回線から通信希望が届いた。ロイの胸は高鳴った。画面上で明滅する承認ボタンをゆっくりとタップする。聞こえてきたのは、愛しい彼女の声だった。

ロイが彼女について知っていることと言えば、その声が魅せる表情の豊かさと悪戯なユーモアだけだった。その日、待ち合わせの場所に現れた彼女をみて、彼は何故か強く胸が痛むのを感じた。アリスが今そこにいて、彼はその隣を歩いている。そのことが、悲しかった。ロイは宇宙を漂う根無し草の生活を続ける自分を強く恥じた。それは彼自身が憧れ望んだ職業だったのだが、今彼は、故郷を持つことに強い憧れを抱いていた。ある場所に生活の根を下ろし、大切な人々との繰り返される日々を愛する。そんな憧れに胸を焦がした。しかし、彼はもう選んでしまった。変えられるのだろうか?そして、変えたとして、自分がそれに満足し続けることができるのだろうか?そんなことを考え、結局彼は、自分が自分自身以上に大切にできる人はいないと思ってしまうのだった。

フォークを口に運ぶアリスを、ロイは惚けたように見つめていた。彼女が目の前にいる、そのことが、今という瞬間の現実感を奪い、ロイは夢を見ているように頭がはっきりとしなかった。

「ねえ、ちゃんと聞いてる?」
「ああ、聞いてるよ。何か、徴が欲しいんだろう?」

徴か、とアリスは彼の言葉を繰り返した。

「そうかもしれない。私は、それが私じゃなきゃいけない徴が欲しい。自分に自信がないから。そこにいてもいいんだってくらいじゃ不安。私がそこにいなくちゃいけないくらいのものがなきゃ、怖いのかもしれない」

ロイには「そうだね」と頷くことしかできなかった。彼に何が言えよう?目の前で笑い、悩み、目を見つめてくれる彼女に、自分が火星へ旅立つことすら言い出すことの出来ない彼に。火星行きは、ずいぶん前から彼が憧れていたことだった。ようやくそれが実現しようとした時に、彼はもう自分がそこへ行きたいとは思っていないことに気がついてしまったのだ。しかし、一度決めたことを今更取り消すわけにもいかない。そうだろうか?ロイにはもうわからなくなっていた。自分が本当に必要としていることは、一体何だったのだろうか。

アリスを居住区まで送り、ロイは自分の船がある無重力区へ向かった。今朝も医者からまた骨粗鬆症の初期段階であると警告を受けていたが、そうは言っても自分の船以外に眠る場所もないのだし仕方がなかった。シャワー室で体を流し、乾燥室で風に吹かれている間も、ロイは自分がいったい何をどうしようとしているのかさっぱりわからなかった。昨日まで、自分は航路を迷いなく選択していたはずだ。その先がたとえ間違いでも、それは自分だけの問題だった。壁を蹴り、仮眠室にたどり着くまでの等速直線運動で、ロイはついに気がついた。つまり、そういうことなのだ。彼はもう、自分の選択を自分自身だけのものだとは考えられなくなっていた。彼は、恋をしていた。どうしようもなく。

「火星に行く前に、もう一度会ってくれないか」

通信機の向こうでは、またもや無言が続いていた。ロイはモニタに映る国際宇宙ステーションの円環を見つめていた。遠心重力を生み出しながら回転するそれは、宇宙という深海に浮遊する海月のようだった。月面基地が近づいてきた。ロイの宇宙船は自動操縦に切り替わり、着陸態勢に入る。その時、ロイの耳はノイズを感じた。彼女が話し出すよりも前に。

「わかったわ。三日後の夜、こっちに来られる?でも、何時になるかわからないから」
「行くよ」

直後に月面からの通信が入り、ロイは自分が運んできたデブリ、いわゆる宇宙ゴミの積載量を正確に伝えた。彼の仕事はデブリの回収だった。つまり、ゴミ収集車のような仕事だ。人間の宇宙進出に伴い、宇宙空間の環境汚染は大きな問題となっていた。各国が打ち上げ放題の衛星の残骸や、事故で飛散した部品などが、時速数千キロにまで加速され、ステーションや宇宙船を襲う。そうなる前に、ロイたちのようなデブリ屋が宇宙ゴミを回収するのだが、それにしてもきりがない仕事でむなしくなることもあった。

「坊、火星へはいつ向かうんだね」

機体の点検をしていると、整備士のシゲルが推進剤で向きを変えて近づいてきた。もういい歳のくせにその身のこなしは船外活動のスペシャリストであるロイでも惚れ惚れするほど無駄がない。

「五日後です。じいさんともしばらくお別れですね」
「薄情なやつめ」

シゲルはロイの肩に手を置くと、つーっと船体の上部へ上がっていき、デブリにやられた装甲板を撫でた。ロイは宇宙服の中で苦笑を漏らし、ごめんなさいと呟いた。自分は、いろんな人に感謝しないといけない。それはわかっているのだが、うまくできなかった。ロイにはわからなかった。どこで笑っていても、いつも自分には居場所がないと思っていた。どんなことでも結局自分には関係のないことのように思えて仕方がなかった。おそらく、自分に居場所がないというのではなくて、自分自身というものが彼には存在しなかったのだろう。だからどんなことも他人事のようにしか感じることが出来ず、へらへらと笑って過ごしてしまう。

火星行きのための健康診断書を受け取りに月面基地の病院内を歩いていたロイは、突然後ろから抱きつかれてよろめいた。

「お兄さん!」
「スズちゃん、おはよう」

腰のあたりを振り返ると、小さなかわいらしい少女が怒ったような泣き顔をしていた。後ろからスズの姉であるアユハが「月面時間はもうすぐ夜だよ、おじさん」と言いながら歩いてきた。

「おじさんって言うな」
「お兄さん、火星に行っちゃうって、ほんとなの?」

ロイはしゃがみこんでスズと目線を合わせ、目に涙を溜める少女の頭を優しく撫でた。

「うん、ごめんな」
「やだ!」

首に抱きついてくるスズをそのまま抱き上げて立ち上がった。アユハが大人ぶって肩をすくめて見せるので、ロイは思わず笑ってしまう。ごめんな、ともう一度心の中で呟いた。もしかすると、スズとの別れが一番胸に痛いかもしれない。スズと出会ったのは、去年ロイが自暴自棄になっていた頃だった。トレーニングをサボっていたせいで骨粗鬆症気味になり、足を捻っただけで骨折して入院することになった。病室の入り口から頭だけ出してこちらを覗き込んでくる少女二人に向けて、ロイは昔日本の宇宙ステーションに滞在させてもらった時に習った折り紙で飛行機を作って飛ばしてやった。医療の進歩で骨折自体は数日で治ったのだが、彼の心が回復したのは、お兄さんと言って毎日駆け寄ってきてくれたスズの笑顔のおかげだった。数年後、もし帰ってきたとして、この小さな少女は自分のことを覚えているだろうか。自分はもしかすると、とても大切なものに気づかないまま日々を浪費しているのではないだろうか。いったい自分はどこへ行き、何を手に入れたいと望んでいるのだろう。

スズが泣き止むまで、ロイはアユハの手を引いてしばらく院内を散歩した。アユハは月面で一番評判のいい私立小学校への進学が決まったらしいが、そこの制服が気に入らないと拗ねていた。それから、エスカレーター式の中学に進めば、修学旅行で火星に行くという話もした。

「九年後かあ、遠いなあ」
「あっという間かもしれないよ、宇宙じゃ時間が歪むからね」
「お、さすが有名私立小学生。でも五歳児に言われてもなあ」
「ま、その頃ロイは本当におじさんになってるね」

最後まで生意気なアユハにロイは救われていた。胸の上でしゃっくりが止まらないスズのことを思うと、もう連れて行きたいくらいだった。しかし、彼女たちにはそれぞれの人生があり、それはまだ始まったばかりだった。輝かしい未来の卵を、自分のような人間が持ち去っていいはずがなかった。幸せになってほしい、と心から願った。星はいくらでもあったので、どうかこの願いだけは叶えてほしい。

泣き止んだスズとアユハにアイスを買ってあげ、三人は地球の見える窓辺に座った。青い星はやはりロイの心の故郷であった。しかし隣に座る二人は違った。彼女たちにとって、地球は行ってみたい場所に過ぎない。彼女たちの故郷は、この月面だった。月で生まれた少女たち。地球を知らず、海を知らず、青空も夕焼けも知らない。深淵のような黒い空間が生まれた時から彼女たちを包み込んでいて、人間の科学技術で保護された環境しか知らない。しかし、その笑顔はロイに地球から見た太陽を思い出させ、彼の心を温めた。彼女たちは自分たちの世界を愛していた。それなのに、地球で生まれたロイは、何かから逃れるように宇宙へ飛び出し、そこでも居場所を見つけられないと思い込み、もっと遠くへ行こうとしていた。

「スズちゃんに、これをあげる」

ロイはバッグから、貝殻でできたペンダントを取り出した。それは、彼が先月、デブリ回収の際に見つけたものだった。きっと、いつかの旅客機事故の遺留品なのだろう。そんなものを、と自分でも思ったが、何か地球にまつわるものを少女にプレゼントしたかった。かと言って、スケジュール的に地球に戻っている時間もなかったし、地球由来のものは月面では馬鹿らしくなるほど高い。スズの首にかけてあげると、少女はその貝を開いて見つめていた。それから姉に何かを尋ね、頷くと、自分でペンダントを外し、ロイに返した。

「いらないの?」
「お兄さんに持っててほしいの」

あ、ちょっと待って、と言って、スズは貝殻に口づけした。

「私たちの空は、願い事かけ放題だからね」

アユハがスズの頭を撫でながらそう言った。わけがわからないロイは、自分も貝殻を開いて見てみた。そこには「save you」と綴られていた。ロイは、涙が溢れることに逆らわなかった。誰かを守れなかったそのペンダントの想いを、自分なんかが受け取ってもいいのだろうか。しかし、スズの心は、この世で心から信じられるものだった。だから、自分はそれにすがろうと思った。そして、ロイは自分が探しているものに気がついた。自分は、そんなお守りがこの世界に欲しかったのだ。絶対に信じられるものが、欲しかった。それが今、目の前にいるのに、自分は彼女たちを置いて、遠くへ行こうとしている。何をしているのだろう。

少女たちと別れ、診断書を受け取って船室に戻ったロイは、二人からもらった折り紙の鶴を目の前に浮かせ、ぼんやりと考えた。自分は、アリスに何を求めようとしているのだろう。あの日、アリスと過ごした時間は、まるで幼馴染と再会したように心地よく、ずっとそばにいたいと思った。彼女の話す言葉から、彼女の優しさや賢さが溢れ出し、そのどれもをロイは尊敬した。アリスと一緒にいれば、自分も少しはいい人間になれそうな気がしたのだ。アリスは、まるでかわいいピエロのような女性だった。人の心が見えすぎるから、相手の望む自分を演じ、みんなを楽しませるエンターテイナーになることができた。そして、そのことを彼女自身も楽しんでいた。ロイは自分が鈍感でとろくさいと思っていたので、頭の回転の早い彼女に憧れた。それでも、彼女自身は、本当の自分を見つけてもらいたいと思っているのではないか。アリスと話しながら、ロイはそんなことを思い、自分ならそれができると思った。それはひどい思い上がりかもしれなかったが、アリスのそばで、アリスの全てを愛したいと、今の彼は思っていたのだった。それなのに、彼は火星に行く。どうしてなのだろう。

自分はいつも、与えられてばかりだ。折り鶴を眺めながら、ロイは唇をかんだ。いったい自分に、何ができるのだろう。みんな幸せになってほしい。しかし、どうすればいいのかわからなかった。自分はやっぱり、誰とも関わらない方がいいのだろうか。誰とも関わらず、独りで生き、独りで死んだ方が。違う。いろんな人の想いを、自分は感じているはずだ。知っているはずなんだ。愛を、感謝を。それなのに、どうして知らないふりをしようとするのだろう。何かを返せる自信がないからだろうか。こんなに遠くまで来て、いったい何をしているのだろう。

 

「たまたまなんじゃないの」

アリスは目を伏せてそう言った。

「たまたま私だっただけで、あなたは結局、誰でもよかったんじゃないのかって、思う」

そして、また彼は、何も言えることがないのだった。

「あなたの言うことを、信じたいとは思う。けれど、人間ってそんなにドラマチックに出来てないんじゃない?あなたは、どうして私を好きになったの?」

アリスは待った。彼女が待ってくれることに、ロイは胸を痛めた。だから、考えがまとまらなくても、言葉を紡ごうとした。「傲慢なことを言うと、僕は君を救いたいと思ったんだ」言いながら、違う、と思った。救われたいのは自分の方だ。

「救う?」
「君は、とても優しくて、素敵な人だと思う。けれど、誰かを信じきって何かをぶつけることが出来ないような気がしたんだ。僕は、ありのままの君を受け止めたいと思った」
「私のこと、何も知らないくせに」
「うん。だけど、君となら、僕は何かを信じられそうな気がしたんだ。僕はきっと、それが欲しくて、こんなところまで来たんだと思う。そして、これから火星にまで行ってしまうんだと思う。ねえ、君も同じものを探していたんじゃない?」

アリスはロイの目をまっすぐに見た。ロイは、今だけは目が揺れないでほしいと思った。全てを真実にしたい。どんなロマンチックなことでも、今ここでだけは夢でなく、現実であってほしい。

「絶対に信じられるものなんて、ないと思う」
「僕もそう思う。だから、君とそれをつくりたいんだ。見つけるんじゃなくて、いっしょに、それを生み出したいと思ったんだ。だから僕は火星に行く。君を愛し、信じているということを証明するために」

アリスは悲しそうに笑った。ロイも、自分がおかしなことを言っていることに気づいていた。それでも、それを信じたかった。

「私をあなたの傲慢な実験に使わないで。あなたはやっぱり、自分のことしか考えてないのね」
「……そうかもしれない。僕は結局、君を利用しようとしているに過ぎないのかもしれない。だから、誰とも関わるべきじゃないんだ。それでも、僕は弱いから、誰かを求めてしまう」
「ダメな人」
「自分でもそう思う」
「誰でもいいんだ」
「違う、君じゃないとダメだ」
「信じられない」
「君となら、絶対を信じられると、思ったんだよ」

宇宙みたいな沈黙が二人を包み込んだ。その中で、ロイは彼女の怒りと、悲しみと、そして愛を聴いていた。自分の言葉は間違っていた。救いたい、なんて、そんな言い方をするべきではなかった。そうじゃないんだ。今自分の胸の内にあるのは、何かもっと素敵なもののはずなのに、言葉にしてしまうと、それは陳腐で、傲慢で、嘘くさいものになってしまう。それが憎かった。できれば何も言いたくなかった。けれどそれでは、繋がることができない。そうだろうか?目を合わし、手を取って、抱きしめれば、全てが伝わるのではないか。わからない。自分はきっと、ずっと、怖がっているのだろう。誰かに理解されないことを。だからできるだけ、人と関わらないように、逃げ続けてきた。しかし理解など、本当に必要なのか?他人を完全に理解することなど不可能だ。それがわかっているのに、どうしてそんなものを求めてしまうのだろう。誤解され、歪められても、自分はここにいるではないか。きっと、そうだ、自分は、自分がどこにいるのかわからないから、そんな歪曲が怖いのだろう。地を離れ、わけもなく自ら遠くを目指したのに、地に足をついていない不安に飲まれそうになっている。還る場所が欲しかった。この宇宙の中で、見上げればいつもそこにある、不動の太陽のような。そんな神様みたいなものを誰かに求めるのは、やはり許されないことなのだろうか。違う、そんなものではないのだ。思考に歪められてはいけない。自分の心が感じているのは、ただ彼女を求める、その笑顔を、その幸福を共に感じたいと願う、そんな、意図のない想いのはずなのに。考えるほど、真実から遠ざかる。理由付けできるようなものではないのに。心の声は、現実という名の批評に耐えられなくなる。それでも、ここにあるものは、本当なんだと、叫びたかった。

「ごめん、僕の言ったことは、間違いだった」
「間違い?」
「君を救いたいとか、利用しようとしているとか、なんだかんだわけのわからないことを言ったけど、そうじゃない」

アリスの大きな瞳だけを見て、ロイは言葉を続けた。

「僕はただ、どうしようもなく、君が好きなんだ。一緒に笑って、一緒に泣いて、一緒に怖がりながら、一緒に生きたいんだ。理由は、わからない。きっと、そんなものないんだと思う。ただ、どうしようもなく、僕の心が君を求めているんだ。どうして君なのか、それもわからない。この想いは、僕に制御できるものではないんだ。確かに、僕は君のことを何も知らないかもしれない。でも、そんなこと問題じゃないんだよ。それは理解や、時間を越えたものなんだ。うまく説明できなくてごめん。ただ、信じてほしい。僕が君を、愛しているということを。理解できないかもしれないけれど、君はそれを信じるという選択もできるし、信じないという選択もできる。君は自由で、僕も自由だ。けれど、僕の中では、僕が君を愛しているということは、確かな事実なんだ。それが僕の世界だ」

それから、二人はしばらくの間、何も言わずに見つめあっていた。やがて、アリスは呆れたようにふっと笑った。すると、何かが崩壊するように、その笑いは広がっていき、最後には腹を抱えて笑うことになった。

「大丈夫?」
「大丈夫なわけ、ないでしょ。もう、わけわかんないよ。ねえ、ロイ、あなたは本当に……」
「……本当に?」

アリスは笑い過ぎて溢れた涙をぬぐいながら僕を見つめた。

「本当に、子供みたいなんだから」
「……ごめん」
「でも、それがあなたのいいところなのかも、しれないわね」
「わかんないよ、どうしたらいいのか」
「どうにもできないわよ、いまさら」

拗ねたように俯くロイを見て、アリスは軽やかに笑った。さっきまでの重苦しい空気は、どこかへ流れ去っていた。

「あなたの世界のことは、信じてあげる。けれど、私は私の世界を生きているからね。そのことを、あなたは理解しないといけない」
「うん」
「私は、この世界を楽しみたいの。あなたがどこか遠くで私を想って頑張っているからって、遠慮して粛々と過ごしたりしない。わかる?」
「うん」
「素敵な出会いがあったら、私はそのチャンスを逃すつもりはないし、楽しいことをみつけたら、全力で飛び込みたい。私は、あなたに何も約束しないから」
「それが、正しいと思う」
「うん、あなたならそう言うと思った。けれど、もっと自信を持ちなさいよ。信じてっていうのなら、もっと欲張りなさい。どこにもいかないで、君がいなきゃダメなんだって。そんなんじゃ、私はすぐにどこかへ飛んで行ってしまうわよ。私はね、そんなに安くないの。前払金もなしにキープしておけるような女じゃない」
「でも、君がこの世界を楽しむことを止める権利はないよ」
「そう、そんな権利は誰にもない。私は私の世界を生きている。けどね、スタンスの問題よ。あなたがたとえ、私を縛りつけるようなことを言ったとしても、私はこの世界を自由に楽しむ。けれど、あなたは私を求めているんだから、そう言わないといけないと思うの」

ロイが悲しそうな表情をするのを見て、アリスはなんだか楽しくなってきた。

「そんな顔しないの。あなたは、自分を信じろって言うくせに、私のことは全然信じようとしないのね」
「ごめんなさい」
「本当に、子供みたいで、夢見たいな人。けれど、これから全部、本当にしていくんでしょ?」
「うん。全部。本当にする」
「なら、前だけ向いて、自分にできることを全力でやりなさい。あなたにできることを。あなたにしかできないことを。その先に私がいるのかどうかは、そこへ行くまでわからない。けれど、そこまで行かないと、絶対私には会えないよ。わかった?」
「どれだけ遠くへ行っても、僕は君を想うよ」
「火星との通信誤差は四分二十七秒。あなたがあっちへ行けば、私たちはいつも四分二十七秒ずれた世界を生きるわけ」
「けれど、僕の想いは光速を越えて、いつだって君のそばで君を想っている」
「言うのは簡単。だから、証明してみせて。楽しみにしてる」
「わかった」

それ以上、もう何も言うべきことはなかった。あとは、行動し、生活し、世界を紡いでいく。言葉は、手段に過ぎない。愛というものが本当にあったとしても、それは言葉を越えたものだろうから、それだけで、全て伝えられるはずがなかった。それは、その人が生きていく中で、自然と滲み出すもので、その軌跡が描くものなのだろうから。

END

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