習作

ハッピースタンプ

ハッピースタンプ
ハッピースタンプ

 刈谷信一が釈放された日は天気の良い土曜日で、迎えに来た母に連れて行かれたイオンモールは家族ずれでとても混み合っていた。フードコートで食べたステーキは硬くて筋張っていたので飲み込むのに苦労した。母が紙幣で支払いをすませるのを見て、信一は深い感慨を覚えた。あたりまえのように使える紙幣。立派なものだ。俺のこしらえた紙幣はどうしてあんなに簡単に偽物だってばれたのだろう?これで二度目だ。三度目はないとあのデブの刑務官にも強く言われた。あいつのワキガは心底臭かった。ここは子供がうるさいがあいつのワキガが香ってこないだけで天国だ。

「母さん、そんなに無理しなくていいんだよ。俺は今ある服で十分だから。それより少しは化粧をしなよ、まだ四十になったばっかりでしょ?」

「母さんのことなんてどうでもいいんだよ。あんたには昔からいろいろと不便をかけたからね。今日はお祝いだから、お金のことは気にしなくていいんだよ」

 信一は特に気に入ったわけではなかったが母の勧めを無下に断るのも申し訳なかったので彼女が似合うといった服を三着ほど買ってもらった。はやくイオンモールを去りたかった。まわりの声が耳に痛すぎる。どこをみても疎外感しか感じなかった。

「母さん、もう帰ろうよ」

「そう?じゃあドーナツでも買って帰る?」

「ああ、そうだね」

 できるだけ母の好きなようにさせようと思った。断ることにも体力は使うのだ。久しぶりの再会なのに、意味のないことで怒鳴りつけるのも馬鹿らしい。それにしても、と信一は伸びをしながらあたりを見回した。こんなにも店がたくさんあるのに、俺の興味を引くものは何一つないんだな。いったいここに来ているやつらは何が目的なんだろうか?休日はイオンモールに行くという宗教でもあるのか?まさか、そんなわけはない。でもあの嘘つきのおばさんがいつの間にか野党のトップになっている日本だし、そんなありえないことも簡単に否定できない気もする。相変わらず馬鹿げた世界だ。

 もしかするとこいつらみんなロボットなんじゃないだろうか。みんな似たような服着て似たような髪型で、どうでもいいようなものを嬉しそうに選びあっている。いったい何が目的だ?俺への宣伝か?そりゃたいしたことだ。もし何も買わずにイオンモールから出ていたら、こいつらみんな急に無表情になって追いかけてきたりして。なぜ買わないんだ、なぜ同じようにしないのだ。

 信一がそんな妄想をしながら目の前を行き過ぎる何組みもの家族連れを見送っていると、母がドーナツの箱を下げて店から出てきた。

「母さん、俺が持つよ」

「あら、ありがとね。あんたは昔から優しい子だねえ」

「母さん、俺はもうガキじゃないんだよ。それよりその切手はなんだい?」

「ああ、これはねハッピースタンプっていって、集めると何でももらえるのさ。さっきあんたの服も買ったから、今日は結構集まったよ」

 嬉しそうに笑う母からキャラクター柄の切手を受け取ると、信一は体に衝撃が走るのを感じた。これだ!

「これ集めるといったい何がもらえるんだい?」

 手の震えを懸命に抑えながら信一は母に尋ねた。

「ああ、丁度あそこにカタログがあるよ」

 古びれたアパートに帰り着いた信一はその切手をじっくりと観察した。これならいけそうだ。紙幣の複製には技術的な問題がありすぎたが、この切手なら簡単にコピーできるはずだ。前に切手の複製は試したことがあるから、裏側の糊もまだ在庫があるはずだ。

「信一、今日の晩御飯は唐揚げでいいかい?」

「もちろん!それよりも母さん、どんな家に住みたい?」

 キョトンとする母に満面の笑みを送り、信一は寝室へ向かった。そして一時間後には布団はコピーされたハッピースタンプに埋もれて見えなくなっていた。

「そうだねえ、母さんは海が見える家に住んでみたかったんだ」

「でも津波が来るかもしれないよ?」

「そうだねえ。だけどそんなに長生きしても仕方ないしねえ」

「またそんなこと言って、俺を一人にしないでくれよ」

 熱々の唐揚げを頬張る信一たちは実に楽しそうだった。隣の寝室ではコピー機がハッピースタンプの複製を生み出し続けている。二人はコピー機の騒音に負けないように声を張り上げて話していた。テレビはないが、ハッピースタンプのカタログが二人に夢を語っていた。

「この家なんてどうだい?」

 食後のタバコを吹かしながら母はカタログに載っている家の一つを信一に示した。海を眺められるデッキが印象的な写真だった。切り取ったハッピースタンプに糊を塗り、舌で舐めて台紙に貼り付ける。そんな作業を続けながら信一は「いいね」と頷いた。

「そこは何枚で貰えるんだい?」

「2500万枚って書いてあるね」

「そうか、今何枚だっけな」

「馬鹿だねえ、今さっき1200枚って言ってただろうに」

「あぶねえ、あぶねえ」

 そういって信一は舌をぺろっと出した。真緑のグロテスクな舌。真似して出した母の舌も同じ色をしていた。なんだか子供に戻ったみたいで、お互いを指差して笑った。

 もう一枚切手を舐めて、台紙に貼り付ける。

 あと2499万8799枚で母さんに家をプレゼントできる。その次は車だ。あれは確か500万枚でよかったはず。でもとりあえずは家だ。これであと2499万8798枚……。

あとがき

この習作はスティーブンキングがたしか小学生くらいの時に書いた物語の真似だったと思います。

いつ書いたっけな。結構前。

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