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人間椅子

これまた狂気じみたお話、これ僕はかなり好きでした。

ざっと説明すると、ある家具職人の告白なのですが、彼は自分の容姿に強いコンプレックスを持っています。

そして女性に愛されたことのない彼は、ふとした思いつきから頼まれた椅子の中にスペースを作ってそこに潜んでホテルで盗みをするんですね。

しかし彼を魅了したのは盗みの成果ではなく、椅子の中の自分の上に腰掛ける人々との接触でした。

その描写のなんと生々しいことか。乱歩さんは本当に椅子の中に潜んでいたことがあるんじゃないんですか?笑

 

これはある女性に対して手紙での告白という形をとっているのですが、話はそこから気味の悪い方向へ進みます。

まあそこは予想通りなんですが、そのゾクゾク感はなかなかでした。オススメの一作!

 

しかしどんなところから着想を得たのでしょうね。

椅子に座るときにそんな妄想してたのかな。

それとも小さい子供を膝の上に乗せてた時とかにひらめいたのかな。

物語になりうることは日々の生活の中に転がっているのですねえ。

屋根裏の散歩者

主人公わしかよ!って感じの人物紹介から始まりますね。笑

ちょっと冒頭を引用してみましょうか。

多分それは一種の精神病ででもあったのでしょう。郷田三郎は、どんな遊びも、どんな職業も、何をやてみても、いっこうこの世が面白くないのでした。

わかるー。三郎君とは仲良くなれそうだ。いや、同族嫌悪で忌み嫌い合うか?笑

 

そんな三郎君、明智小五郎と出会うことで「犯罪」というものに興味を持ちます。

それから犯罪のまねごとみたいなことをしてしばらくは満足しているのですが、それもそのうち飽きちゃうんですね。

けれど僕と同じく小心者の三郎君には実際に犯罪をするほどの胆力はない。

 

そんなとき、ひょんなことから新居の下宿の屋根裏に出られることに気がつきます。

それから三郎君はその屋根裏を散歩することを趣味とし、下宿人のいろいろな秘密を覗き見る喜びを覚えます。

そしてある日、なんとなく嫌いな下宿人の部屋で、彼が穴の下で大きな口を開けて寝ているのを発見。

そして彼の部屋に数滴で致死量に達するモルヒネもあることを思い出す。

 

三郎君は別に殺したいほどこの下宿人のことを憎んでいたわけではないんですが、たまたまそこに完全犯罪を達成できそうな条件がそろっちゃったんですねえ。

そして彼はその考えを振り払うことができなかった。犯罪嗜好者だったんで。

そんなお話ですが、私の悪いところはやはりそこに自己投影してしまうところですねえ。

僕も、またはあなたも、自分の中に三郎君みたいな狂気を隠し持っているのかもしれませんね。

それが意識下にのぼらなくても、無意識に日々、頭の中で誰かを殺しているのかもしれません。

D坂の殺人事件

密室トリック

主人公は大学を卒業したばかりの高等遊民。

彼は探偵小説が好きで、同じく人間犯罪について興味を持つ明智小五郎と懇意になる。

ある日、D坂にある古本屋の麗しき細君を一目見ようと通りを挟んだ喫茶店でアイスコーヒーを飲みながらぼんやりしていると、奥の異変に気づく。

喫茶店にやってきた明智小五郎はその細君の幼馴染だという。

二人は様子を見に古本屋へ入っていくと、奥で細君が絞め殺されているのを発見する。

 

やがて名探偵と言われている小林刑事がやってきて捜査するが手がかりは見つからない。

二人は互いに推理し実地調査を行い、ある日明智小五郎の家で自分の推理を話し合う。

外面的、物質的推理に対する人間のあて推量、思い込みの不用意さが示され、明智小五郎による内面的、心理的な推察が披露され、事件の姿が露わにされる。

 

想像と推理、分析はどう違うのだろう。

自分の思い込みから誤った推理を推し進めた主人公はいつどこで何を見逃したのか。

私はまだまだ探偵になるには勉強が足らない。

名探偵になる日は遠い。

探偵

ところで私も探偵小説が書きたいのだがどんな探偵が魅力的だろうか。

やはりまず「変人」であること。

しかしひとことで変人と言ってもいろいろあるし、どう考えればいいのだろう。

つまり、なぜ彼が探偵をしているのか、という部分を考えた方がいいのだろうか。

 

明智小五郎は「人間の研究をしている」と言っている。

火村英生は「人を殺したいと思ったことがあるからだ」と言っている。

私の探偵はいったいどうして探偵なんてしているのか。

何かきっかけがあったはずだ。

 

作家になるには

どうして生きているんだろう。

こんにちは、中野です。

「おまえは誰だ」と言われれば、「わかりません」としか答えられない作家未満。

 

これは私による私のためだけの「作家になるために」と銘打った連載です。

どうしてこんなことを始めたかというと、今どうやら物語を何も書けないからです。

作家というのはどうにもこうにも書くことをやめられない人間でないとなれないと

何かの本に書いてあった気がするのですが、僕はそんな天才ではないのです。

 

つまり、作家になるべくして生まれた人間ではないということ。

そんな僕が作家になろうと考えているのですから、そんな天才たち以上にどうすれば作家になれるのかを考えなければならないのでしょう。

というわけで、何も書けずぼんやりと時を過ごしている間、

どうすれば作家になれるのかということについて独断と偏見で

この連載を続けることによって文章を書くという行為を続けようという話です。

 

何が言いたいかというと、これを読んでもあなたには何も得るものがないかもしれない、

否、ないに違いないし、私の愚痴にうんざりするだけだろうということをお先に宣言しておきますね!

そもそも

そもそも何故作家になりたいのか?

そう問われれば私は「わかりません」と答えるしかありません。

わからないんです。本当に。

私にとってそれはずいぶん長い間人生の「逃げ口上」となっていたのですが

いつの間にか本当にその世迷いごとを実現する以外にこれからまともに人生を運営していくことができないような状況にまで追い込まれてしまったのです。

 

つまり、何故作家になりたいかと問われれば

もはやそうする以外に道がないからだということです。

もちろんみなさんはそんなことないと笑い飛ばすことでしょうし、私自身もそんな思い込みを馬鹿らしいと思っている部分もありますが、大部分の私はその考えを否定することができないのです。

 

あと正直に言ってしまうと、遠い世界にいる憧れの人と結婚したいから。

普通に生活していれば私がその人と結婚することは不可能でしょう。

しかし作家になれば、ワンチャンあるんじゃね?みたいな妄想が私の大部分を支配しています。

気持ちわるっ。

作家になるには

では作家になるにはどうすればいいのか。

それには「小説を書けばいい」という答えが用意されていることでしょう。

以前ツイッターで武井壮さんがコメント返ししていたとき、私は「どうすれば小説家になれますか」と彼に尋ねました。

するとやはりシンプルに「小説を書く」と返事が来ました。

そうなのです。そうなのですよ。小説を書けばいい。

彼はどうすれば自分の目的を達成できるかをよく知っているのですね。

目的があればそれに向けて行動することでそれを達成できます。

目の前のものを変えるのは思考ではなく行動なのです。

 

ならどうして小説を書かないのか?

書けないから。

どうして書けないのか?

わかりません。何を書けばいいのかわからないんです。

 

そんなのでよく作家になるなんて言えるなと自分でも思います。

しかし僕は作家になると決めているのです。

ちくしょう、どうすればいいんだ?

小説を読む

何を覚えるのにもまずお手本を見るのが一番でしょう。

だからやっぱり小説を書こうと思うのなら小説を読まないといけない。

とにかく小説を読まないといけないのでしょう。

もちろん私も小説を読むことは大好きです。

しかし今までのようにただ漫然と楽しんで読んでいるだけではプロ作家レベルの小説を書けるようにはならないのかもしれないと最近思うのですがどうなのでしょう。

小説の書き方みたいな本を読んでいるとやっぱりその小説がどのような構成でどのような効果を狙って書かれているのか考えるのが大事みたいなことが書いてありますね。

個人的には好きな小説は好きなように楽しみたいのですが、本気でプロ作家になりたいと思っているのならそんなこと言っている場合ではありません。

というわけで、ちょっとこれからやってみようかなと思います。

モルグ街の殺人

探偵小説の元祖と言われているエドガー・アラン・ポーの「モルグ街の殺人」。

何故この小説を取り上げたかというと、現在ミステリ小説の新人賞に向けた作品を考えているところだからです。

 

小説はまず書き出しが大事だと言われます。ファーストインパクト。

ではこの小説はどのように始まるでしょうか。

分析的だと解釈される精神の諸作用は、事実それ自身においてほとんど分析を容れがたい。我らはただその結果において、これらのものを会得するのである。

このような文章から始まり、物語に入る前に分析的能力についての序文がある。

 

物語が始まると、まずは登場人物のご紹介。

この物語の探偵たるデュパン氏がどのような人物であり、彼の分析能力がどれほどかということがさらっと語られる。これはかの有名なシャーロック・ホームズでもよくある始まりだ。

 

その後物語の起として主人公たちはある新聞記事のニュースに触れ、事件のあらましが説明される。

続いて主人公たちはツテを使い事件現場へ。ヒントはいろいろと見つかるが例のごとく探偵はわかった事実をなかなか語ろうとせず、語り手たる主人公はやきもきする。

そして探偵が必要な手がかりを集め終わり、打つべき手を打ち終わると、ようやく真実が語られ始め、意外な結末を迎える。

まあ「The 探偵小説」といった感じの流れ。

 

驚いたのは元祖と言われる探偵小説の犯人が初めからこんなにも意外だとは!といったところ。

蓋然性の理論、視点の変換、常識という色眼鏡を取り払う「正しい」分析的思考など、さすがお手本。高等遊民の探偵や見当違いの警察や語り手たる主人公など、これぞテンプレートだ。

私がやるのはこれをどう現代風に捻っていくのかというところなのだろうか。なんにせよまずこのテンプレが書けなければ仕方がないので、テンプレ的探偵と語り手で物語を作れるようになるのが先決か。

 

ちなみに僕が気に入ったのは同じくポオ全集に収録されていた「盗難書類」。

人間心理の推理が実に巧みで引用も面白かった。

おわりに

というわけで、作家的分析をしてみようと思ったのですが全然うまくできません。

まあね、できないのも書けないのも下手なのも恥じゃないんですよ。

それを恥だと思ってできないままやらないというのが恥。

私はこれから成長していきますよ。プロの作家になるんだから。

では、また。

平成ペイン8

 バイト帰り、足羽川沿いの石段に座って、僕らは缶ビールを飲んでいた。もうすぐ夏休みが終わる。九月も後半になると、夜は風が少し冷たく感じる。月がやけに明るく、空はしんと黙り込んでいた。音もなく雲が流れ、川のせせらぎが心を引き寄せようとする。意識が川に溶け込んでいく。

「川にはさ」

「魚がいる」

「いるとも。じゃなくて。川にはね、時間がないんだって」

「つまり?」

 森さんは残り少ないビールを何故か石段に流していた。よく見るとそこには蟻の行列がいた。

「つまり、川の源泉も、滝も、河口も、海も雲も山もどれも川として同時に存在してる。川には現在しかないわけだ。過去も未来もなく、ただ現在として全てがそこにある」

「俺の聖水も川になるから、俺も永遠ってことか」

「そう」

「せやろか?」

 僕はビールの残りを一気に飲み干した。胃が熱く震えるのを待って、話を続けた。

「時間っていうものは人間が作り上げた幻なんだってさ。だから過去も未来もなくて、それは全て現在の僕の中にある。未来を不安がる必要はない。僕らが目を向けるべきは、今目の前にあるものだけだって、本で読んだ」

「カルペディエムか」

「なんだっけそれ。メメントモリみたいな?」

「まあそんなもん。知らんけど」

 そういえば昔、足羽川沿いをずっと歩いてみたことを思い出した。夜だったから何も見えなかったが、川の声はずっとそばに寄り添ってくれていた。あの日はどうやって帰ったんだっけ。思い出せなかった。

「みんなちがってみんないいって詩あるじゃん、金子みすずの」

「それタイトルわたしと小鳥とすずと、とかじゃなかったっけ」

「そうだっけ。まあ、みんなあの詩好きじゃん」

「普通は」

「だけど、あれってむしろみんな同じになりたいって言ってる気がするんだよね」

「エヴァ的な?」

「それは知らんけど。結局みんな何かと比べてしか自分を認識できないんだよ。何か基準がないと。でももうみんなおんなじものだって考えちゃえば、誰も苦しむ必要がなくて、みんな満足。というか、何も感じなくなるのかな?どうなんだろう。何が言いたいかわかる?」

「わからん」

「僕も。でも、人間の進化って、みんな同じになることを目指してる気がするんだ。例えば頭にコンピュータを埋め込んで知識を共有できたりしたら、オリジナリティってなんだろってなっていくだろうし。で、ディストピア的に想像すると、メインコンピュータが一つあって、人間はその手足でしかないように何も考えず行動するだけの肉になってく。そしてそれが実は結構幸せなのかもしれない」

「まあ、わからんでもない」

「でも僕はそんなの嫌だね。気持ち悪い。だから、生物としての進化に対応できてないのは、何も考えてないような人たちより、こうやっていろいろ考えて立ち止まっちゃう僕みたいな人なのかもしれないなって思って」

「社会に馴染めないどころか生物的にも馴染めてないのか」

「森さんさ」

 僕の意識はアルコールで火照った体を川の中で冷やしていた。川になってどこかへ流れ、全てを見たいと思った。小さい頃の僕の夢はそういえば雲になることだった。手から空き缶が滑り落ちた。それは軽薄な音を立てて石段を転がっていく。

「酔ったか?さすがクソザコナメクジやな」

「森さんさ、ゆきちゃんのこと好きでしょ」

 森さんは立ち上がって空き缶を拾ってくれた。そしてゆっくりと確かめるような動作で僕の隣に座り直した。

「まあ、好きだな」

「付き合えば」

「彼氏おるやんけ」

「ゆきちゃんも森さんのこと好きだと思うよ」

 森さんは拾ってきた空き缶を僕の靴の上に立てた。僕はじっとその缶を見つめていた。たぶん、この缶を倒してしまったら、それはもう一度石段を転がり落ちていって、この話は終わりになるだろう。

「でもな、例えば、それで付き合ったとするやん?そしたら、俺と付き合っててもまた誰か他に好きな人ができるかもしれんってことやろ。前例を作ってしまったら、俺は信じられんくなると思うんや」

「女性不信?経験あるの?」

「それは言わない約束やろなんでそんなこというん?」

 笑った拍子に空き缶が倒れそうになったのでその前に僕はさっとそれを手に取った。

「傷つく価値はあるんじゃないの?」

「俺は俺が一番かわいいんや」

「これだから童貞は」

「童貞じゃありません素人童貞ですが?定期的にプロの指導を受けていますが?」

「定期的に?」

「そこは突っ込まんといて他人の性生活の話やから」

 立ち上がって伸びをした。倒れてもいいやって気分だったが、足元はしっかりしていた。森さんはまだ川面を見つめていた。

「僕は森さんのこと好きだよ」

 彼はぎょっとして僕を振り仰いだ。僕はその顔を見て吹き出しそうになった。

「もちろん友愛の方ね?」

「え、純愛?」

「ゆ、う、あ、い」

 帰るか、と言って僕らは歩き出した。別にゲームをしたいわけではなかったが、バイト後の義務なのでまた僕のアパートでサッカーゲームを三試合して、今日は僕が勝ち越した。それからアニメを眠気の限界まで見せられて、森さんを見送ると吸い寄せられるように布団で眠った。僕らはその日がいつもと違う特別な一日だということには気がつかない。一日だって同じ日はないというのに。毎日が愛すべき最後の瞬間だということを忘れる。そして、僕は旅に出た。大学は一応休学にして、アパートは引き払った。貯金を全額引き下ろして、ペンとノートを買って、楽しくなってきたので安いサングラスまで買ってやった。僕はどこに行っても良かった。

 愛とはなんだろう。幸福とは何だろう。僕は人を愛することのできない人間なのかもしれない。幸福に満足することのできない人間なのかもしれなかった。だからそれについての小説を書こうとするのかもしれない。しかしそれを知らない人がそのことを書くことなどできるのだろうか。自分が体験しなかったことについて書くことほど虚しく無意味なことはない。だからそれを書こうという意思があることが、それを知っている、体験したことがあるという証明であり、救いなのかもしれない。そしてそれでも僕がそれを知らないと感じてしまうのは、それを探し求めることで目に映るものを限定してしまうからではないか。それはきっと、ただ見出せばいいものなのだろう。それはどこかにではなく、どこにでもあるのだろう。心を開きそれを受け入れることさえできれば。けれど、結局僕には何もわからなかった。僕の頭はなんにも役に立たないのだ。

(了)

平成ペイン7

 遠くで何か聞こえたような気がした。すると不意に肩を優しく揺すられた。

「あんた、大丈夫?」

 目を開けると、丸い顔のおばさんが心配そうに覗き込んでいた。僕は彼女の顔を見て「どこにでもいそうなおばさんだ」と思った。そんな人間の典型を彼女の顔は含んでいた。つまり、現実に根を生やした正しく好ましい人間だった。

「あれ、中野じゃね?」

「え、あんたの知っとる子なん?」

 森さんだった。顔を動かす気力はなかったが、声でわかった。じゃあこのおばさんは森さんのお母さんだろうか。

「何してんのこんなとこで」

 峠道を超え岐阜県にたどり着いた僕は、下り坂の終わりにあった道の駅のベンチに座り込んだところで気を失った。最後の下りの時は本当に死んでしまうかもしれないと思った。急勾配な上に左右に曲りくねり、雨でハンドルは滑りやすくなっていた。そこにきて疲労で僕の握力はほとんどなくなっているどころか、手足は謎の麻痺状態で全身に鳥肌がたち呼吸も浅くなっていた。あの状態でよく無事にこのベンチまでたどり着けたものだと我ながら感心する。

「なんで森さんがいるの」

「いやこっちのセリフ」

「死に際に現れる天使が森さんって」

「俺のこと好きすぎだろ」

 そういえば森さんは岐阜出身って言ってたな、とぼんやり思い出した。おそらく森さんの母だと思われるおばさんが暖かいココアの缶を渡してくれ、僕はようやく体の痺れが引いていくのを感じた。

 母親と白川郷に行っていた森さんに救われ僕はその日彼の家に泊まった。彼らに拾われたのが午後四時くらいだったらしいが、目を覚ますとすでに朝の十時を回っていた。ひとまずと布団に横にならせてもらってから、一度も目を覚ます事がなかった。しかし幸いなことに風邪をひいている感じもなく、むしろ気分は良かった。ただお尻が信じられないほど痛かった。それはもう二度と自転車には乗りたくないと一時思わせるだけの激しさであった。

「半分に割れたんじゃね?」

「かもしれん、見てくれる?」

「ええで」

「冗談だから近づかないで」

 執拗に尻を触ろうとする森さんから逃げるくらいには元気だった。そして昨日は台風が接近していたことを知って自分のバカさ加減に笑えてきた。福井のアパートにはテレビもなかったしiPhoneでニュースを見ることもまれだったので、友達も少ない僕は普通の町の中で上手に浮世離れしていたのであった。

「それで、実家帰るんか?」

「いや、福井に戻ろうかなと思う」

 コメダ珈琲で朝昼兼用の食事にありついた。森さんは僕より早く起きて朝食もきちんと食べたらしいが。雨はもう上がって気持ちの良い夏空が広がっていた。

「ええんか?」

「別に帰るって連絡もしてないしね」

「んじゃ一緒に帰るか」

「いいの、お母さん」

「ええよ、あの人明日から友達と海外旅行らしいから、俺も今日福井戻る予定やったし」

「あら」

 幸い森さんの車は大きかったので僕の大切なママチャリを後ろに積み込む事ができた。そのあと僕らはパチンコ屋に行って僕が負けて森さんが勝って二人合わせてプラマイゼロくらいにはなったので二時間かけて僕が森さんに一万円払ったようなもんだったが夜飯を奢ってもらえたのでまあいいかって感じだった。いつもと同じように。僕らは頭のどこかにじんわりとした麻痺を感じながらも「まあいいか」と思いながらいつもと同じ一日を過ごし続ける。これから先もずっと、きっとそうなのだろう。

「それで、家に帰りづらくなったん?」

「別にそういうわけでもないけど。ただ面倒くさくなっただけ」

 晩御飯を食べたあと、なんとなくいつものように僕の家でサッカーのゲームをしていた。

「はい、アザールでござーる」

「はー?ほんとこっちのキーパー雑魚すぎやろ立っとるだけやん」

 森さんがアザールでハットトリックを決めたのでムカついてトイレに立った。どうなんだろう。僕は家族に会いづらくなったのだろうか?別にそんな気はしない。ただいろんなことが面倒になっただけだ。僕には結局何も変えられないし、なるようにしかならない。

 戻ると森さんが勝手にキックオフしてキーパーで点を取ろう遊んでいたので奪い取って無人のゴールにシュートを放ったのだが、あろうことかボールはポストに阻まれた。

「なんなん?神に守られてるの?」

「いや、中野が神に弄ばれてるんやで」

「ほんとそれな」

 試合はゼロ対ヨンでぼろ負けだった。これで五連敗。さすがに飽きた。僕のゲームなんだけどこれ。寝転がって、天井を見上げた。森さんはいつも通りわざと扉を開けたまましょんべんしやがる。うるさい。

 ゲームを入れ替えながら森さんは「思うんやけどさ」と言った。

「ん?」

「中野がそうやって親に理解されない孤独を持ってるように、親も子に理解されない悲しみがあるんやない?俺はまだ親になったことないからわからんけども」

 ハンマーで頭を殴られたような。

 だから僕という人間は滑稽なのだ。結局自分のことしか考えていない。両親が僕をわからないように、僕も両親を理解しない。そしてその悲しみを彼らも持っている。そう考えるのは当然だろう。なぜ僕はそんなことすら自分で気がつけなかったのだろう。

「だから、親ってやっぱすごいよな」

 そうだね、としか僕には言うことができなかった。

 僕は小説を書きたいと言いながら、人間のことが全然わかっていない。友達どころか親ですら何を考えているのかわからない。それじゃダメだ。でも、どうすればいいのか、僕にはさっぱりわからないんだ。みんな一体何を考えて、どうやって生きているのだろう。僕は一体、どうやって生きていけばいいのだろう。

平成ペイン6

 風呂上がりの清潔な体でまた雨の中に出ていかなければならないのは億劫だった。しかしこんなところで止まってもいられない。僕は先に進まなければならない。雨の中峠道を進み続ける間に僕の中ではますます懺悔のような感情が強くなっていった。僕は僕の家族についてもっと考えなければならない。ポンチョ型の雨合羽を着て赤いママチャリに跨ると、深呼吸して気合いを入れ直す。今日はとことん向き合ってやろう。

 妹に対する感情はなかなか説明しづらかった。彼女は僕の一つ下で、軽度の知的障害の認定を受けていたが、正直僕ら三兄弟のうちで一番まともに現実社会に向き合っている。子供の頃の僕は、勉強も運動も人より少しよくできた。運動会のかけっこでは六年生のとき以外ずっと一番速い組で一番だったし、サッカーの背番号は十番か十一番だった。中学生に上がって定期テストの順位が発表されるようになると、いつも一桁の順位を守っていた。そんな僕は妹のことをずっと引け目のように感じていた。できる限り接することのないように暮らしてきた。誰からも優しい優等生と思われていた僕は、自分の妹の世話だけはまったくしなかった。そしてそのことを上手に周りに隠していた。

 小学生、中学生の頃、僕はダウン症や知的障害を持つクラスメイトにとてもよく懐かれた。それは妹への罪悪感を紛らわせるためだったのだろうか。妹には何もしないくせに、彼らのためには甲斐甲斐しく世話を焼いた。しかしそれもうわべだけの行為だったのかも知れない。その証拠に、自由に組むことができる修学旅行の班などでは彼らと組むことを避けたのだから。そんな僕を非難する人がいなかったのは、僕の不幸の一つなのかもしれない。僕はこんなインチキな自分を誰かにぶち壊して欲しかったのかもしれない。

 しかしそれほど僕に興味を向けてくれる人間はいなかった。僕にはそれだけの価値もなかったのだろう。高校二年生の時、この世界と自分自身のインチキに堪えられなくなったあの日より前の自分が、何を考えどのように生きていたのか、今ではさっぱりわからない。僕という人格の連続性はあの三ヶ月間を境に途切れている。

 しかし自分の頭が割れたあの頃から僕はこの世界に生きる意味を見出せずにいた。いつも救いは生よりも死の中に見出されるような気がした。インチキの臭いはそこら中から日に日に強く漂ってくる。だから僕は多くのことに目を瞑った。この世界を限定し、自分の内に閉じこもるようになった。いつか誰かが救い出してくれるとでも思っていたのだろうか。

 妹の話だ。妹のことは、正直に言うとあまり記憶にない。彼女はいつも静かにそこにいた。普段は何を主張するわけでもない。けれど時折自分で見つけてきた何かをこちらに示すと、決して意志を曲げないようなところがあった。彼女はゲームが好きで、昔からいろんなゲームを買い与えられていた。僕はあまりゲームをしない。しかしゲームが嫌いなわけではなかった。けれど僕はそれらを上手に買ってもらうことができなかった。だから僕はいつも彼女のことを羨ましいと思っていた。妹の一番素晴らしい人間的特質は、自分のために物事を選択できるところだ。周りに何を思われようと、自分の意志を貫くことができる。周りに目ばかりを気にして、自分の望むものを何も手にできなかった幼い僕は、そのことを嘲りながら本当は強い嫉妬を覚えていたのだった。

 だから、僕は彼女に何かをしてあげたことがない。そのことに今気がついた。それはとても悲しいことだった。思い返すほど自分という人間の醜い面が増えていく。この先どれだけのことをすれば僕は自分の顔についた黒い油を拭うことができるのだろうか。それは途方も無いような気がした。僕は、独りでどこか遠くへ行った方がみんなのためなのではないだろうか。

 弟のことも僕はよくわからない。小さい頃はとても可愛がっていた記憶がある。小さい彼は僕によく懐いていた。しかし小学生高学年頃には嫌悪の対象になった。何故なら彼は僕が自分の内に隠し持っている汚い一面をさらけ出したような存在になったからだ。彼は僕によく似ていた。彼は周りに対する自身の嘲りを隠すことがなかった。そしてそんな態度をとることが許されるほど自分に能力があるわけではないということを知らなかった。与えられることが当たり前だと思っている。そして自分が何もできないということについては未だに気がついていないのだ。

 彼は特に両親に対してひどい軽蔑を抱いていた。何かにつけて両親の不理解、知識のなさや考えの浅さを馬鹿にしようとしたが、そんな弟の姿は僕にひどい羞恥心を抱かせる見るに耐えないものであった。実にどうでもいいことで揚げ足を取り、実に執念深く相手を攻撃する様は、自分の知能の低さを周りに向けて盛大にアピールしているのと同じであった。彼こそ「よそおい」の虜であったのだろう。自分を大きく見せるために相手を卑下する彼の手法は、高校生が掛け算のできない小学生を馬鹿にするような滑稽さがあった。他人の話を聞く耳も余裕も無く、それなのに彼の話すものはほとんどがネットでよく見る意見や偏見でしかなかった。その傾向は僕が大学に進学し家を出てから特に顕著になったと思う。今年の年始、久しぶりに帰省した僕は深夜に衝突する弟と両親の会話を襖越しに聞いていた。

「どういう意味?」

「なんでわからんの?」

「もう一度ちゃんと言ってみなさい」

 弟は大きなため息をつき、母のヒステリーについての嘲りを存分に披露したあとにこう続けた。

「だから、外食して金使う余裕があったらさ、僕に投資してよ」

「は?」

「そんな無駄にお金使うよりも子供の教育にお金使うのが親として当前だと思うけど」

 両親は絶句した。その頃、弟は入学した私立高校を辞めて家に引きこもり、独学で東京大学を目指すと言っていた。高校を辞める理由は「周りがアホばかりでレベルが低くて話が合わないから」などと言っていたが、受験勉強をしなかった彼が入れる高校はその私立高校くらいしかなかったのだが。僕は彼について考えるほど嫌悪感が増していく。それは前述した通り、彼の性格が僕に非常によく似ているからだ。僕がひた隠しにしていた汚い面を無防備に、むしろ誇らしげに見せられるのだからたまったものでは無い。

 両親は彼に憔悴しきっていた。あげく弟は抗がん剤治療を受け入退院を繰り返している祖母にまでこのような態度を取り、深夜に電話をかけて両親の愚痴を言い募り自分に対する援助を求めたらしい。

 僕は彼に対してある種の負い目がある。両親が彼のそのような傾向に困惑し始めていた頃、僕はすでに彼のことをよく理解していた。もちろんそれが僕の内に隠された感情によく似ていたからであるが、僕は僕自身のそんな姿を隠すために彼に対して理解を示すことを拒否した。それはもしかすると自分自身を裏切る行為だと言えたかも知れない。自分自身の一面を否定したのだから。そして僕は自分の罪を他人に着せ、そして自分でそれを断罪しようという態度をとったのだから、僕は弟よりも罪が深いのではないだろうか。

 どうして僕らは目の前のもので満足することができないのだろう。そこにすでにあるものを愛することができないのだろう。全てが連なりであることを理解せず、未来の夢ばかりに想いを馳せては今を罵倒し損なってしまうのであろうか。被害者ぶって不満を言い募るばかりで、この世界に自分が何も返すことができずにいることを棚上げしている僕ら。権利ばかり主張して義務や責任は無視し続ける。そして弟はそんな自分に気がつくことすらできずにいるのだ。それはとても悲しいことだった。それでも彼は僕よりも高等な人間だ。どんな人間であれ、生きようという意思がある限り、彼らは僕よりも良い人間である。

 自分独り苦しいようなことを言いながら、僕は身近で苦しむ家族のことを見て見ぬ振りし続けてきた。僕は知っていた。あの家は崩れかかっている。しかし僕には関係のないことだと、心のどこかでそう思っていたのではないか。それが僕の一番の罪であった。僕は自分独りで生きてきたようなふりをしている。今まで与えられてきたものを忘れてしまっている。自分独りで手一杯、他に何かを抱える余裕はないというようなことを言って、自らの義務を放棄している。

 だからと言って、僕に何ができる?この社会の頭を借りて考えれば、僕はまず大学へきちんと行くことから始めなければならない。そしてできるだけよい会社に就職して、少しずつ両親に今までの恩を返していく。弟の相談にも乗り、資金援助を申し出る。妹の話にも耳を傾け、その世界に理解を示す。そうやって良い兄として家族の一員としての義務を果たすべきなのだろう。

 馬鹿らしい。

 心臓に刺すような痛みが走った。ここまで育ててくれた両親に申し訳なかった。もしかすると、今死ぬべきなのかもしれない。僕は、家族のことなどどうでもよかった。僕は、僕だけが大切だった。僕はこれから先もずっと不満を抱え続けるだろう。何故なら僕の器はどんなものを注がれようと欲しいものは常に与えられていないと感じてしまうから。欲しいものなど自分では知りもしないのに。僕は人間のクズだった。そして、そのことを誇りに思う自分に気がついた。だから、家に帰っても僕は何もしないだろう。これから先も、ずっと。誰にも僕の邪魔をさせたくなかった。

 僕はきっと、何もできず無価値に死んでしまう。けれど、野垂れ死ぬその場所へたどり着くまで、誇りを持ってクズの人間を生きる方が、僕の心にとっては正しいのかもしれない。僕の小説にはきっと、僕以外に誰も出てきてくれないだろう。それは僕が他人を愛し心の中に招き入れることができないからではないだろうか。そしてその文章は僕自身を癒すためだけに書かれるだろう。この日感じた懺悔を繰り返しながら。何度でも。

平成ペイン5

 僕の悪徳の中で最もタチの悪いものは高校を三ヶ月間休んでいた頃に顕著に現れ始めた人間嫌いだろう。それ以後の僕はいつもどこか人間に対して嘲りと軽蔑を持っていたように思える。日ごとに人間のインチキが我慢ならなくなっていく。そしてそんな僕が一番嘲りを持って見つめているのはいつも自分自身であった。他人のことはどうにもならない。なので諦めがつく。しかし自分のことは変えることができると若い僕は未だに信じていた。しかし何も変わらず不機嫌でユーモアに欠けるこの僕という人間には我慢がならない思いをすることが多かった。もっとも生来の小心とそれなりに人の良さそうな外見のため人当たりはよく思われ、旅先で道を訊かれることも多い僕の不機嫌に気がつく者はそんなに多くはなかった。そしてそのことがまた他人を演じ続ける自分への嫌悪感を募らせる。

 自分とは何かという疑問に囚われ続け何もできない僕は、選択をするということをひどく恐れた。何かを選び取った時、選ばれなかった何かを失うことになる。僕はそこにあるものを一つに決めなければならないということに対して強い恐怖を抱いていた。人生とは選択することであるとまで言いきる人がいるというのに、僕はできうる限りそれを避けようとしていた。しかし選択しないということもまた一つの選択である。つまり僕の憧れる無責任で可能性に満ちた自由というものは未来にしかありえず、僕が生きてそこにたどり着いた時、僕は自由を選択することによって自由を殺すのだ。そういった無意識的な嫌悪感を抱えていたせいであろうか、僕は一つの場所に住み続けるということが苦手だった。ある日突然そこにいることが嫌でたまらなくなるのだ。そういうわけで福井県に移って来てから三回引越しをした。一年に一度の恒例行事のようなものだ。

 初めの住処は学校の寮であった。そこの利点は何より賃料の安さだ。月にわずか四千七百円。人間嫌いの僕はご想像通りここでの寮生活を心底嫌っていたが、後々考えると福井での生活の中で得られた恩恵の多くはこの寮に入らなければ得られなかった。つまり、僕はここで森さんと知り合うことができた。僕が彼を好きな理由は、彼がいつもユーモアを忘れない懐の広い人間であったからだ。僕の薄っぺらい憂鬱は彼と話せばいつもどうでもいいものとしてどこかへ片付けることができた。そして彼は僕のように自分の憂鬱を周りに対してさらけ出したりはしなかった。何より彼は僕の話を聞き流す術に長けていた。僕の言葉に引きずられ同じように感傷に浸ることがなく、現実的なユーモアで僕を批判して笑わせてくれた。

 次の年に住んだのは窓から大学が見える細長いアパートで、一階には猫雑貨の店が入っていた。僕は前年から恋猫というその雑貨屋の常連で、そのアパートの大家さんを紹介してくれたのも恋猫の店主だった。ちょっとした用事で店主が出かける時などは僕に店番を頼むような気のおけない仲で、大学から戻ってくるとだいたいまずここのカウンターでコーヒーを入れてもらって雑談した。しかしそこでの生活も一年ほどしか辛抱できなかった。潜在的な理由はいろいろとある。大学へ行くことが精神的に不可能に近くなっていったことで毎朝通学で賑わう大学前から離れたくなったことや、雪が降ると外に設置されている室外機が埋もれて一番寒い時に暖房が使えなくなること。スーパーが目の前なので家から出て散歩する理由も作りづらかったし、ちょっとした散歩で行くには足羽川まで少し距離があったこと。そして最後に背中を押したのはある日突然隣に住む大柄でイカツイ顔の男が勝手に扉を開けて意味のわからないことを怒鳴りながら意味のわからない難癖をつけてきたことだ。僕の部屋はワンルームで、鍵はいつも開いていた。これほど情報量の少ない怒りを浴びせられたのは初めてのことだったので僕はただただ戸惑うばかりで何も言うことができなかった。そのことがまた彼の怒りに油を注いだようで僕は生まれて初めて胸ぐらを掴まれるという経験をした。僕は喧嘩というものをしたことが一度もないのだ。ただの一度も。僕は喧嘩というものにある種の憧れを抱いていた。それは自分に何らかの誇りがある者にしかなし得ない行為であろう。僕には今まで自分のため、他人のために関わらずそういった衝動が胸に湧き上がった試しがなかった。結局恐怖と驚きばかりが募り何も理解できず何も言うことのできない僕に呆れたのか、彼は来た時と同じように勝手に扉を開けて帰っていった。そして怖気付いた僕は久しぶりに鍵を締めてから、しかもチェーンまでしっかりかけると、引越し先を探し始めた。今に至ってもあの日彼が何に怒り何を訴えていたのかさっぱりわからない。

 学校から離れたかったので、次に選んだ新居はアルバイト先の間海のすぐ近くを基準に選んだ。この頃の生活はバイトをしているか眠っているかのほとんどどちらかであった。自分自身の否定はこの世界の否定にまで広がっていたので、とにかく世界を避けるために眠ることくらいしか僕には思いつかなかった。そして深夜、足音を忍ばせてアパートの階段を降りると、足羽川沿いの石段に座って街灯に照らされ揺れる川面を見つめていた。今回の住処は足羽川にほど近い場所にあり、散歩に適した通りが周りに多かった。何を考えていたというわけではない。その暗闇に自分を溶け込ませようとしていたのだ。日中この世界を否定しておきながら、深夜にはこの世界に愛の慰めを求めていた。コンビニで買った缶ビールが世界と自分を溶け込ませる。僕はお酒が弱いから安上がりでありがたかった。物静かに何も言わず僕をそっとしておいてくれる暗闇は好ましい友人であった。そしてアパートに戻って来た時に吐き気がしなければ、ほんの少し物語を書いた。

 それは人間の幸せとは何かということを考え続ける一人の男の話であった。彼は自分の部屋で独り、幸福について考え続けた。身近な人の幸福から遠くの地に住んでいるはずの顔も名前も知らない誰かの幸福まで考え、そして最後になると自分の幸福について深く考えた。けれど何もわからなかった。そして彼はある日気がつくことになる。自分が幸福に過ごすことのできたはずの日々がもうほとんどなくなっていることに。そして自分の体がもうほとんど動かすことのできなくなっていることに。行きたい場所もやりたいことも山ほど考えついていた。しかしそれを為す能力と時間が無くなっていた。そして彼は独りだった。いつだって始められたことを、選択することを恐れいつまでも先延ばしにしていた彼は、真っ白な自分の歴史年表を見て、それを引き裂いた。

「幸せとは正しい選択の先にあるものではない。幸せとは、生きる意志の中に湧き出す泉のようなものだ」

 そして彼は選択の恐怖を受け入れ、生きることを始めようと思った。だから次の日、冷たくなった彼の顔には満足げな笑みが浮かんでいた。

 僕はそんな物語を書いて、だからなんだ、と思った。なるほど物語は世界を変えるきっかけにはなるのかもしれない。しかし実際に世界を変えるのは自分自身の行動なので、僕に必要なのは有無を言わせぬ現実的な実行力のある誰かの助けだった。しかしこんな僕を助けてくれる聖人なんて存在しなかった。僕はその救いを昔からずっと待ち続けていたので、そんなものはサンタクロースと同じくらいしかこの世界に存在しないということを知っていた。誰かに助けられたい人は、誰かに助けられるだけの何らかの価値を示さなければならないのではないか。僕にはそんなものなかった。どこにも行けず、何もできず、全て自分の責任だと諦めて、ゆっくりと、意志的に、その痛みを強く意識しながら、心臓にナイフを突き立てる。そんな妄想が僕の自己否定の自己陶酔をしばらくの間満足させるのであった。

 その日も万年床の上で天井を見つめて想像のナイフと虚構の痛みを楽しんでいたのだが、穴の空いた胸に広がる嫌悪感のあまりの強さに吐き気をもよおし、息をするために散歩へ出かけたくなった。そして明日からお盆休みでしばらくアルバイト先も店を閉めるので数日暇があることに気が付いた。時刻は深夜二時を少し回った頃だった。そういった時、僕は意外と衝動的なのだ。平成最後の夏、僕は黒い大きめのリュックを探し出し、必要最低限の下着と財布、あと本を数冊入れると、福井から三重の実家に向けて自転車を漕ぎ出したのだった。赤いママチャリが闇の中でひとり喘ぎながら前に進む。ライトは壊れていたので、夜回りの警察に捕まらないように祈った。福井の警察は暇なのかしょっちゅう真夜中に僕の自転車の防犯登録を確認するのだ。そろそろ顔を覚えてもらってもいいはずなのだが。

 どれぐらいの距離があるのかわからなかった。僕はあまり地理感覚が優れていない。しかし道を調べながら行くのも興ざめなので、道路標識を頼りに勘で進んで行くことにした。僕は昔から冒険に憧れていた。未知のものに飛び込みたかった。そんな自分を久しぶりに思い出した。小学生の頃、父に冒険という漢字について問いかけた記憶が蘇った。

「ぼうけんのけんって、木偏やっけ、こざと偏やっけ?」

「こざと偏やな。冒険は険しい道やからな」

「そっか、じゃあ冒険の冒の方はどう言う意味?」

 父は知らなかったので、僕は自分で辞書を引いてみた。冒という漢字には、むやみに突き進むというような意味があるようだった。また、上に覆いかぶさるという意味もあった。僕は考えてばかりで何もできずにいる自分にずっと苛立っていた。何も考えず、むやみに険しい道を突き進むことのできる情熱が欲しかった。自分を信じたかったのかもしれない。そしてこの堪えがたい世界の上に覆いかぶさってそれをコントロールしてやりたかった。自分の心が望む方へ舵をとる能力が欲しかった。

 だだっ広い田んぼ道をまっすぐ進む。太平洋側に住んでいた頃は、日の出は海からやって来た。日本海側では日の出は山からやって来る。山からの日の出はむやみやたらと主張しないところが好ましい。山に遮られつつ控えめにゆっくりとこの世界を起こしにかかる。太陽が顔を出し切る前に鳥や蝉たちが先に鳴き出す。宇宙色の空が静かに温かみを帯びていく。日本海側の朝は夜と仲良しなのだ。刺すような朝日ではなく、太陽は絵の具を滲ませるようにゆっくりと空の色を変えていく。素敵な朝だった。僕は頭が空っぽな女の子が言いそうな「素敵」なんてインチキな言葉が嫌いだったが、それは本当に素敵な朝だったんだ。

 大野市に入る頃には背負ったリュックが肩や腰にかける負担がかなりのものになってきた。中身はたいした重さではないはずなのに。物というものはおそらく常に自分の居場所を求めているのだろう。そして一度そこと決めるとその場所から離れないために根を張りその重さを増していくに違いない。僕は苛々したのでリュックを下ろして自転車の前カゴに突っ込んだ。それでしばらくは楽になった。リュックの肩掛けは汗で潮が吹いて白くなっていた。

 そうしてしばらく進んだところで僕は自分が本来向かおうと思っていた方角からかなり逸れていたことにようやく気がついた。自転車で山を超えて行くのはさすがに大変だと思ったので山の間を抜けていける滋賀方面のルートを考えていたのだが、目の前に続くのは岐阜県へ向かう峠道で、どこまで続くかわからない坂がそびえていた。そしてあろうことか雨が降り始めたのだった。僕は家を出る前に天気予報すら確認していなかった。美しい紫の日の出まで見ていたので今の今まで天候の心配などしたことがなかった。

 坂の始まる手前にうまいことコンビニがあったので、僕はそこでポンチョ型の雨合羽を買った。そしてせっかくカゴに居場所を据えたリュックを濡れないようにもう一度背負ってからそれを着込んだ。その峠道がどれぐらい続くのか調べるのはやめておいた。

 峠道で一番怖かったのはトンネル内でトラックに追い抜かれる時だった。路肩が狭いので振り返る余裕もなく、トンネル内で反響するトラックの走行音が近づいてくるのは死の恐怖を伴うものであった。またトンネルの出口で突然上部から草が垂れてきて驚き、もう少しで隣を追い越そうとする車の前にバランスを崩して倒れかけそうにもなった。雨脚はそれほど強くはならないがしとしとと降り続け苛立ちを募らせた。雨に濡れた白線がタイヤを滑らせることも何度かあった。しかし雨よりも僕が敵視したものは風だった。坂道と力を合わせた風にはもうどうしようもなかった。ペダルを漕げども一向に進まない。もはや歩いている方が安全で早いと感じるまで僕はなんとか自転車の上で頑張ったのだが、とうとう体がいうことをきかなくなってしまった。

 雨に打たれ風に吹かれ進んでいるのかもわからない道を右へ左へ上り降りしている間、僕の胸に押し寄せてきたのは罪悪感であった。その苦行は僕にとって懺悔のような感情を引き起こした。僕が今帰ろうとしている家に対して、僕が今まで与えられたものはどれだけあったのだろうか。僕は両親に愛されていた。しかし僕は彼らが僕を愛するほど彼らのことを愛していたのだろうか。理解されないという思いを募らせ、大切なことは語らず、一種の軽蔑をすら持っていなかっただろうか。僕はいつも僕が与えられるほどに誰かに対して何かを与えることができずにいた。小説を書きたいという願いはおそらくそんな自分を理解してもらいたい、もっと他人に歩み寄りたいという思いに端を発しているのではないか。僕は空を見上げるのが好きだ。海や山を見つめるのが好きだった。足羽川のほとりで川面を見つめ何時間もじっと座っていることができた。しかし両親のそばでじっと座り、何かを話すことは僕にとってどこか気詰まりで、何か他に用事がないか終始探しているような気がした。僕は彼らに何かを知られることを恐れ、僕に対して何らかの対価を求められることを恐れていたように思う。頭では理解している。僕の両親は愛の見返りを求めるような人たちではない。しかし僕の心がどうしても罪悪感を覚えずにおられないのだ。僕は彼らに対して何らかの報いを返さなければならないと。愛されるということは、僕にとって、何かを求められるということによく似ていた。愛には責任が伴うものだという考えを捨てられなかった。僕は愛というものについては赤子から何も成長していないのだ。いや、むしろ偏見を持たない子供時代の方がそれをより深く理解していたように思われる。

 そして僕は今、初めてあることに気がつき、胸に深い痛みを覚えた。つまり、僕は母のことも父のこともほとんど何も知らないということだ。彼らにどのような物語があり、どのような歴史があるのか、その足跡をほとんど知らないばかりか、今まで何の関心も示したことがなかったのである。そして、僕は彼らが僕に与えてくれた様々な恩恵を、ほとんど思い浮かべることができないでいるのだ。愛も感謝も、僕という人間の中ではただの言葉でしかなく、中身のない入れ物に過ぎないのではないか。自分の頬を流れるのは雨の雫なのか、それとも涙なのか、僕にはもうわからなくなっていた。風は勢いを増し、雨は斜めに吹き付ける。顔を上げることも困難で、道の先を探ってもほとんど何も見えなかった。しかしもう引き返すこともできず、どこまで続くとも知れない道をひたすら歩き続けるよりほかなかった。

 考えようによってはこんな時でさえ、僕の両親は僕を助けてくれた。彼らへの想いに浸るうちは無心に足を進めることができ、雨の寒さが体に染み込むこともなかったのだから。僕は風雨にさらされながらできる限り彼らのことを考えようと努めた。

 父は不平を言わない行動的な人間だった。どんなささいなことで母に叱られようと最後には自分が意見を引いて非を認め謝ることができた。そうやって家庭生活というものを守っていた。彼は朗らかでよく話しよく酒を飲んだが、母の忠告に逆らうことはなかった。何度か酒で失敗することもあったが、その何度かを槍玉に挙げられいつまでも責められるほどしょっちゅうというわけではなかった。しかし彼はそのことをいつまでも母に責められることを受け入れなければならなかった。また、彼は母からあまり賢いとは思われていないが、僕は彼の賢さを知っている。彼は僕や妹、弟に対して、みんなが周知のこと、言わなくてもいいことを母から最後に言わされる役目を負うことがしばしばあった。言わなくてもわかっているが、どうしても言わないといけないことは家族の間ではしばしば発生する。そしてそれはいつも諍いの種になり、僕らは反発し合うことになる。世の中の当たり前に照らしてどうしても言わなければならないこと。そんなにつまらない話はない。そしてそれを言われることは子供にとって親が自分を理解していないということを強く感じる瞬間として記憶され、思春期にはそれが原因で両者の間には深い溝ができる。つまり、子供に対して「現実を見ろ」と言う時のことだ。子供というのはいつまでもこの世界に夢を見ているし、自分が選ばれた特別な人間だというおとぎ話から覚めたくないものである。僕の父はそのことをよく理解している。子供の心をまだどこかにしまってあるのかもしれない。それが僕が彼のことを人間的に尊いと感じる所以だ。彼は本質的に人間らしく、そして社会的にも人間らしい。知り合いが多く、自分の世界で足ることを知っている。自分の不満を自分で抱えることのできる強さがあり、母の不満を受け止めるだけの忍耐もある。僕はずっと彼がいつか爆発してしまうのではないかと怖かった。それほど見るに耐えない状態が僕の家庭では起こり得た。そして僕はずっとそれに対して見てみないふりをし続けている。しかし彼はよくやっている。家の外で彼がどのように仕事をしてどのように人々と関わっているのかは知らないが、父は心の平衡を崩しきることはなく、僕らの家庭を守り続けていた。

 母はあらゆる責任を自分の親に押し付けているように思われた。詳細な話は聞いたことがないが、学生時代までの生活に対して激しい嫌悪を抱えていることはうかがい知れた。彼女はまるでシェルターのようなところで制限された生活を送っていたような話をした。だから僕が享受する自由に対して何度も憧れを恨み節で語ったものだ。母の根底にはいつまでもそこで失われた何かに対する郷愁が根付いているのであった。

 母親というものは子供への愛についてある種の宗教を持っている。彼女は特にこの宗教の熱心な信者であり、教育法や幸福についての本を多く読んでいた。しかしそういった一般性のある理論がむしろブラインドとなって、目の前の子供の理解に手こずる場合が多い。僕は母のことがよくわからない。個人として何を望んでいるのかがさっぱり感じ取れない。どこかで聞いた話にばかり憧れ、自分の物語を書くことにはあまり興味がないように見えた。そしてそのことを強く気にしている。子供時代に奪われた普通の自由に対する恨みをまだ心の中に抱えているのかも知れない。母の夢は結婚して家を出て子供を産むことだった。そしてそれはもう叶ってしまった。しかし人は生き続けないといけない。そのことに戸惑っているのかもしれない。彼女は自分のできることを小さく見積もり過ぎている。いろんなことにチャレンジしようと、人生を積極的に生きようという努力は何度も見てきたが、いつもどこか情熱に欠けるのが見て取れた。本当にやりたいことが何なのかわからないというような。

 母は父に対してあたりがきつい。それは彼女の唯一の甘えなのだろう。母は僕にとても甘い。僕を理解しようと努めている。しかし僕たちはきっと理解し合えないだろう。僕は母に似ている。そして母は自分自身を理解していない。僕も自分自身を理解していない。何もわからない者どうしがお互いを理解し合えるとは思えない。おそらく僕たちはお互いに人間というものがわかっていない。人間の一番可哀想なところは、各人が自分特有の本質というものを知らないくせに、一個の人格、はっきりした人物の「よそおい」を要求されることであろう。そして大多数の人々にとって重要なのはこの「よそおい」の方であるのだ。おそらくそんなことをヘッセが書いていたと思う。きっとこの「よそおい」こそが現実の人生において実際的で有用なのであろうことは僕にもよくわかった。そして夢見がちな子供で実際的ではない僕は、そんなインチキくさい現実というものを軽蔑しているので、いつまでも本質的な愛にはたどり着けないし、この世界で何者にもなることができないのだろう。僕と母はお互いにこの「よそおい」のせいで本来の自分というものを見失ったと感じているのだと思う。そして母は新しい家族への愛という形でそれを取り戻そうとしたのだろう。しかしそれも彼女が子供時代に作り上げたある種の「よそおい」を追いかけているに過ぎないのかもしれない。本質的な個人というものは本当に存在するのだろうか。それは結局僕らの幻想でしかないのかも知れない。人間というものは大した生物ではなく、結局社会という偉大なものの中で考えるくらいしかできないのかもしれない。そこら中の人に今やりたいことを尋ねたとする。いろんな答えが出てくるだろう。しかしそこで、この社会というものが消え去って世界で独りきりになったという仮定でもう一度同じ質問を投げかけてみる。すると、彼らは何を答えられるだろうか。社会というものがなければ、僕らは動物的に生きること以外に何も思いつかないのではないか?

 僕はいつか両親を幸せにしたいと思っているが、その能力が備わるまでにはきっと多くの犠牲と不理解を強いることになるだろうということはひしひしと感じていた。愛と理解は別物だからだ。愛することに理解は必要ない。しかし理解されない孤独を愛で癒すことはできない。理解される必要はない、と自信過剰の偉大な人は言うかも知れない。けれど僕は自尊心が低く、誰かに受け入れられなければ自分の心の声すら疑ってしまうような弱い人間なのであった。

 気がつくと足が止まっていた。そして顔を上げると「九頭龍温泉」という看板が見えた。薄暗い建物だった。しかし窓には光が見えたので営業していることがわかった。雨があまりにも冷たいということに突然意識された。しばらく体を温める必要があった。

「いらっしゃいませ」

「すみません、温泉だけの利用ってできますか?」

「大丈夫ですよ。今すぐタオルをご用意しますね」

 感じの良い男の人がずぶ濡れの僕を丁寧に案内してくれた。雨合羽とリュックは邪魔にならないところに預かってもらえた。当たり前だがタオルは有料だった。それは仕方のないことだ。とにかく僕は体も心も疲れ果て、冷え切っていた。湯に浸かると、全身に力が入りっぱなしだったことに初めて気がついた。心地よい痛みとともに筋肉はゆっくりとほぐれ、震えながら温もりがゆっくりと体に染み込んでいった。

 僕は何のために生きているのだろう。自死の誘惑は高校生の頃から僕を魅了していた。ヘッセが「荒野のおおかみ」に書いた自殺者の論文が僕はとても気に入っている。しかし僕もヘルミーネがハリー・ハラーに言ったように、人生を思う存分ためしてみたが何も見つからなかった、というようなふりはできなかった。だから死ぬことよりも必死に生きることを考えるべきだ。生き続けるというのなら生きる心配だけすればいいのだから。しかし僕は荒野のおおかみのように教養に富んでいるわけでもなく、崇高な精神を持っているわけでもなかった。なので余計に惨めだ。自殺者の喜びと入り混じった苦しみを享受する資格すらないのかもしれない。僕が死という非常口にまだ駆け込まないのは、その資格を得るにはもっと生きて学ぶ必要があると感じているからに過ぎない。僕は自分で生み出している苦しみ以外の苦しみをこの世界から受けてきたわけではない。僕は今までずっとこの世界から甘やかされて生きてきた。この世界のために何かを為さなければならないような気がする。だから生きることは嫌気がさすのだ。僕は旅がしたい。この世界に存在する何もかもを味わいたい。ただそれだけなのに。僕はどこかに留まっていたくない。そして誰も僕をそこに留めておこうとはしていない。けれど僕はどこへも行けず、何も見ないまま時間を失い続けている。どうしてこんなことになってしまうのだろう。時代のせいなんかではない。これは僕の個人的な問題だ。時代はますます自由に対して優しくなっているはずだ。ようは個人に能力があるかどうかの話なのだろう。そして自由を求める精神とそれを為す能力は別々に育まれるものである。僕にできることは、できる限り嘘のない言葉を探すくらいであった。そうやって言葉を紡いでいくしか方法を知らなかった。しかし言葉にすることですでに多くのことを損なっているので、僕はいつまでも僕らが「本質」などと呼んでいるようなものにはたどり着けないだろう。被造物の言いがたき嘆きってやつ。それでも僕はそれをやり続けなければならない。なぜ?そんなものは知らない。

平成ペイン4

 それなのに、僕は未だなぜかこの地に留まっている。小説は書いたのか?もちろん書いていない。なぜ書かないのか?僕にもわからない。書くことがないのだ。考えれば考えるほど、僕の中には何もないように思えた。自分というものは本当に存在するのだろうか?こうやって考えているのもどこかの誰かの言葉を借りたものでしかない気がする。本当に自分自身が感じ考えているものなど存在するのだろうか。大学での脳の講義にはそれなりに興味を持って取り組んでいたので、意識というものについて考えることが多くなっていた。ある科学者は「意識とはシナプス結合のパターンである」と言っていた。シナプスというのは脳の神経細胞、ニューロンとニューロンの接合部分のことで、特定のニューロンの回路はその場所が使われれば使われるほど情報伝達が滑らかになる。そうやって回路にできた偏りが個人の意識というものを形成するのではないかという話だ。つまり僕というものはこの僕自身の内から生まれ出てきたものではなく、外の世界から与えられた刺激によって形作られたものだということになる。僕が僕だと思う僕は、結局そんな電気信号の回路の偏りでしかないのだろうか。もしそうだとしたら、どうして僕はこんなに生きることが下手なのだろう。これまでこれといって特殊な生き方をしてきた記憶はない。むしろ出来うる限り周りから何も言われないよう、意識されないようにと生きてきた。だから自分の意思を示すということが苦手だ。きっと問題はインプットに対するアウトプットなのだろう。僕はアウトプットというものをほとんどせずに生きてきたのかもしれない。それを押し殺し続けてきた結果、自分でももはや何を感じ何を考えているのかわからなくなってしまった。頭に浮かぶ考えが本当に自分のものなのかどうか自信を持つことができない。好きな食べ物すらわからない。僕は好き嫌いのない子供だったが、それは好き嫌いがわからないという意味だったのかもしれない。

 好き、嫌いというものがどういうものなのかということはわかっているつもりだ。僕はよく恋をする。すぐに恋をする。いつだって自分を受け入れてくれる存在を求めているのかもしれない。しかし自分は空っぽだという虚無感に支配されているので、僕が僕に許すのは片思いだけだった。誰かに想いを寄せられることには堪えられなかった。申し訳なくて。僕は相手のある瞬間を幸せにすることはできても未来を約束することは不可能だ。そんな責任は持つことができない。僕には何もないのだから。なので僕が身勝手な想いを募らせる相手として選ぶ女の子の多くにとって僕は一番の存在ではない。彼女たちには正当な未来を、少なくとも表向きは、約束すると言ってくれる男が必ずいた。僕にはそんなこと決して言えない。彼女たちは忙しく彼らの世話をしてその周りともうまく関係を築き、自分の生活もきちんと正しくコントロールしている。僕の恋した女の子の多くはスケジュール帳がいつもきっちりと予定で埋まっていた。そうしないと死んでしまうとでもいうように予定を詰める。僕はいつもそんなスケジュール帳の狭い隙間に埋め込まれていた。そうやって自分の生活に疑問を持つ暇もないような女の子が好きだった。自分の中に正しさを持っている女の子と一緒にいるのは安心する。

 もちろん彼女たちは何の予定もない僕の人生を受け入れることができず、目的を持った生活へと改善を試みる。自分の世話すらまともにこなせない自分には彼女たちの優しさは聖母にも劣らないと感じられるほどだった。聖母なんて知らないが。そして女の子が僕の利点を褒め、そうやって僕を彼女が考える僕にふさわしい生活に向かわせようとすることは、だいたいいつも二人の関係の終わりを予感させた。彼女たちには僕の生来の怠惰を変えることはできず、僕は生活の目的を見つけることができなかった。むろん何度か努力はした。まともな彼と別れ僕と一緒になってくれるという女の子もいたのだ。しかし彼女たちは結局僕に失望することになる。何をやらせても僕は長続きしない。いろんなことに興味は持つが、結局何も僕を没頭させてはくれないのだった。

 そんな僕を一番理解してくれたのはたぶん大久保柚季だろう。柚の季節と書いて「ゆき」と読むその名前は小説的で好ましかった。彼女もやはり隙間のないスケジュール帳を持っていた。僕は彼女のことを「ゆきちゃん」と呼び、彼女は僕のことを「まこと」と呼んだ。なぜか昔から友達は僕のことを「まこ」と一文字縮めて呼ぶので、まことと呼ばれるだけで僕の胸はときめいた。僕の一部はとても単純にできているのだ。

「まことはキャンキャンうるさい甘えん坊の子犬みたい」

 だから僕と会う日のゆきちゃんのスケジュール帳にはチワワのシールが貼られていた。確かに僕は彼女に頭を撫でられるのが好きだった。

 初めてゆきちゃんと会ったのは、バイト先の先輩の引っ越し祝いという名目で飲み会をしていた時だった。彼女は先輩の彼女で、森さんにそそのかされて無理な飲酒を続けた僕がトイレで吐いていた時にやってきた。胃の内容物を吐き切った僕は止まらない胃痙攣に体を震わせながら便器によだれを垂らして喘いでいた。涙でコンタクトレンズも外れてしまったのでほとんど何も見えなかった。その日もゆきちゃんは僕の頭を犬みたいに撫でていた。僕はすぐに懐いた。

 ゆきちゃんが僕と会うときはだいたいいつも黒のスキニーを履いていて、それはとても印象が良かった。華奢だから小柄に見えるが彼女は意外と背が高くスタイルが良かった。ショートカットの黒髪が意志の強そうな小顔をきゅっと引き締めていた。その目はいつも僕に「仕方ないなあ」と言いながら笑いかけて細められた。

「僕はいつも自分とは違う誰かを生きてきたような気がする。だから今、何もわからないんだ」

「自分とは違う誰か?」

「うん。多分、周りが僕だと思う僕を生きてきたんだと思う。そしていつの間にかそいつが僕の場所を完全に自分のものにして、僕は部屋の片隅でそれを見ているしかなかった」

「どうしてそうなったんだろう」

 夏のある日、僕らは星を見にきていた。といってもあまり天体に詳しいわけではないから、オリオン座とカシオペア座くらいしかわからない。あとは北斗七星を見つけたら、星について話すことはもうあまりなかった。

「こんなことを言うとすごく言い訳じみてて申し訳ないんだけど」

「いいよ、私しかいないんだから」

 そういってゆきちゃんはまた僕の頭をそっと撫でてくれた。彼女も多分、それが好きだったんだ。僕は小さい子供のような気持ちで、星に向かって言い訳を残しておくことに決めた。こんなこと言っても仕方ないのだけれど、誰かが知っていると思うと、ほんの少し、救われるような気がしたんだ。

「僕には一つ下の妹がいるんだ。この子は生まれた時たった五百グラムしかなかった。信じられる?実際この子が生まれた時のカルテには蘇生と記されてるんだって母が言ってた。未熟児で生まれたこの子はだから、すごく手がかかったんだ。そして僕は、今となってはよく言うなって感じだけど、たぶんとってもいい子で手がかからなかったんだよ。それはそんな妹の世話で手一杯の両親を見ていたからだと思う。僕は小さい頃電車が好きだったみたいで、一人で電車の本やビデオをみて、一人でずっと遊んでいられたんだ。今では全く覚えてないけどね。全然甘えない子だったわけじゃないよ。新幹線を見に連れて行ってもらったりもしたし。彼らは僕の目から見てとても良い親だったと思う。こんな僕の中に社会倫理みたいなものがちゃんとあるのはあの人たちが善良で正しい人たちだったから」

 ゆきちゃんは空を見上げる僕の横顔をじっと見つめていた。彼女はそうやって人のことを真っ直ぐ見つめる癖がある。僕はその視線が好きだった。だいたいみんな僕の話を真面目に聞いてはくれないから。僕はいつも理解されたがっていたのだと思う。

「僕が小学校に上がった年に弟が生まれた。この子がまた違う意味で、むしろ妹以上に手がかかる子でね。妹は大人しいもんだった。弟はひどいアレルギーで、初めは食べられるものがほとんどないくらいだったよ。特に顔のアトピーがひどくて、眠るときはかわいそうだけど掻きむしらないように両手を白い包帯でぐるぐる巻きにしてたんだ。毎朝その真っ赤な包帯を見るのは気が沈んだね。記憶の中の小さな弟はずっと泣き続けていた。誰が悪いわけでもなかったんだけどね。母は手当たり次第いろんな治療を試してたと思う。薬が山ほどあったし、よくわからないお祈りみたいなのにも行っておかしな呪文を唱えたりもしてたな。一年くらい大分の温泉に母と弟の二人で泊まっていた時期もあった。父はトラックの運転手で、夕方帰ってきて早朝出かけていく生活だったし、この人は家事能力が全くなかったからね。しばらくは大変だったと思うよ。あんまり覚えてないんだけど」

 僕は話しながら、当時の記憶がほとんどないことに驚いた。まるで他人の話みたいだ。自分の語る言葉にほとんど実感がなかった。

「そんな感じでさ、僕の下の子はとても世話が焼けたんだよ。だからだと思う、僕は自分で言うのもあれだけど、とってもいい子でね。さっきも言ったけど。どれぐらいいい子かって言うとね、帰り道に知らない小さな子が泣いてたら、おうちを尋ねて背負って送ってあげるみたいな子だったんだよ。たぶんね、自分の中の正しさみたいなもの、倫理みたいなものに強く囚われてて、そういうのほっとけないんだな。今でもスーパーで買い物カートがほったらかされてたら戻すくらいのことはするけどね。で、家では自分のわがままみたいなものを主張する余裕もなかったわけ。誕生日やクリスマスに本当に欲しいものをもらった記憶もないもんね。でもいつもとっても喜んだよ。あとでベッドで泣いたことも何回かあったな。なんでわかってくれないんだろうって。妹はそういうのが上手だったんだ。祖父母にも溺愛されてたし、意思の疎通がなかなか計れない子だから、この子の話はみんなが一生懸命聞き取ろうとするんだ。僕はいつもそんな妹を羨んでいた、わけでもなかったかな。別に欲しくないもので、別にやりたくないことで満足する方法を学んでいったんだと思う。よくわからない。小さい頃の僕が感じていたものは本当に思い出せないんだ。何も望んでいなかったような気もするし、いつもやりたくないことをしていたような気もする。僕は小学生の頃からサッカーをしていたんだけど、本当はあんまりやりたくなかった。自分でやりたいと言ったくせにね。従兄弟がサッカー漬けの生活をしていたから、自分もそうであるべきだって思っていたのかもしれない。でも他に何がしたかったのかと言われると全然思い浮かばないな。本当に欲しいものもなかった気がする。ああ、こう見えて僕小学校の時生徒会長までしたんだよ。嘘じゃないよ?なんでそんなことしたのかさっぱりわからないけど、きっとそういう空気があったから、それに従うのが正しいと思っていたんだ」

 つまりさ、と言って僕は寝転んだ。夜露に湿った草が冷たくて心地よかった。

「僕は小さい頃から自分の欲求を示すってことをしてこなかったわけ。ずっと周りを見て、周りが求めるように選択してきたんだな。自分から何かを主張することは出来なかった。遊ぶにしてもいつも誘われる側だった。自分から誘うなんてことは申し訳なくてできなかった。こっちのやりたいことに付き合わせるなんて恐れ多くて。それに自分のやりたいことなんてわからなかったわけだし。それが高校生になって、少しは考える頭ができてきた時に、大きな問題になったんだな。反動というかさ。どうして生きてるんだろうって。当たり前のようにやらないといけないこと、その理由がさっぱりわからなくなったし、何もかもが嫌になった。何がやりたいってわけじゃなかった。そうじゃなくて、とにかく何もやりたくなくなったんだ。自分って何だろうって、全くわかんなくてさ。自分の欲求とか、好みとか、考えれば考えるほど。自分ってものがいつの間にか無くなっていたっていうか、それまで生きてきた時間で、何も形作られていなかった、自分の中に何にも積み重なっていなくて、空っぽなことに気が付いたんだ。生きている理由がなかった。それで、学校へ行くのを辞めた。たしか三ヶ月間くらい」

「どうして戻ったの?友達が誘いに来たり?」

「別に、理由は無かったな。たぶん怖くなったんだ、まだ子供だったし、あんまり当たり前から離れるのが。だから何事もなかったようにある日また学校へ行くようになった。親には随分心配をかけただろうけど、今でもさっぱり理解してないだろうね、あの時なんで僕が学校へ行けなかったのか。申し訳ないけど、僕は両親に理解されてると思ったことがないんだ。いつもずっと孤独で不幸だと思ってた。誰も助けてくれないって。とてもいい親なんだけどね。ただ違うってだけで。僕が何もせずに毎日を損なっていたのが悪いんだけどさ、僕をどこか違う世界へ連れ出してくれる人にも出会ったことはないし、影響されるような先生や尊敬できる大人にも出会わなかった。きっと彼らは僕の人生のどこかにいたんだろうけど、僕はずっと下を向いて生きてきたから、気がつくことができなかったんだろうね。僕に寄り添ってくれるのはヘッセの小説くらいだったな。僕の書きたいことはだいたいこのノーベル賞作家が書いてるんだよね。僕なんかよりよっぽど高度な思想で」

「そっか、まことが小説家になるにはノーベル賞作家を越えないといけないわけだ」

 ゆきちゃんが笑ったから、僕はとても嬉しくなった。彼女の笑い声は軽やかで、いつも僕の胸をくすぐるんだ。僕はそっと彼女の白い手を握った。それは僕のできる最大限の愛情表現だった。それ以上のものは許されない。その時の僕は彼女のことが本当に大切だったから、失いたくなかったんだ。彼女の冷たい手がそっと握り返してくれた。それだけで僕は泣きそうになる。

「こんな話どう思う?やっぱり言い訳だよね。僕の家は裕福ではないけれど、一般的で平和な家庭だった。両親の関係は良好だし、人柄も他の家の話を聞くより良いように思う。やりたいことをやらせてくれようとしていた。でも僕にはさっぱりわからなかったんだ。ずっと周りの思う自分でいようと努力してきたから。自分なんてものは生まれていなかったんだよね。だから何をしても夢中になれない。何をしてもどこか虚無感があって、うん、本当に何もしたくない。僕はそれまでずっと周りを見て生きてきたから、みんなが自分の人生を生きようと言い出しても、僕は観察者であり続けたかった。何者かになりたくなかった。ずっと漂っていたい。どこにも居たくない。たぶん僕が求めるのは、旅をして、そこにあるものを見て、それだけ。それでどうしたいってものは無いんだ。出来るだけ誰にも迷惑をかけないように、いろんな人の物語を見る。僕の中に無いものをそうやって補いたいんだと思う。空白を埋めるみたいに。僕にできることは、みんな幸せになればいいなって祈るくらいで」

「まことも幸せになんなきゃ、だよ」

 ゆきちゃんが僕の目を真っ直ぐ見てそんなことを言うから、僕は目をそらすため別の空に星を探した。

「それはちゃんとこの世界で生きる意志のある人のものだから。僕はそんな責任を背負うことはできないよ」

「馬鹿みたいに被害者ぶって自分の世界に浸ってるだけでしょ。はい、言い訳おしまい」

 僕は声を出して笑った。ゆきちゃんのこういうところが好きだった。彼女はいつも現実が見えているような真っ直ぐで意志の強い目をしていた。ゆきちゃんはそんなことを言いながら微笑んで僕の頭を撫でるんだ。

「ゆきちゃん」

「ん?」

「好きだよ」

「うん」

「幸せでいてね」

「うん」

 それ以上何も言うことはなかった。ゆきちゃんも何も言わない。彼女は頭がいいんだ。やっぱり、そういうところが本当に好きだったな。

平成ペイン3

 僕が新入生として福井に引っ越して来た春。足羽川沿いの桜並木を眺めながら、その時の僕もどうしてこんなところにいるのだろうと考えていた。風はまだ少し冷たい。曇り空の下で少し強い風が桜の枝を揺らし、花びらが無造作に撒き散らされていた。それでも多くの人にとってその光景はもう少し好意的に捉えられたのだろう、春の訪れに柔らかい笑みを浮かべる家族や恋人が多く目にとまった。

「撮りましょうか?」

 川沿いの小道をトンネル状に覆っている桜の下で、正しく歳を重ねてきたのがにじみ出ている温和そうな老夫婦に声をかけた。型の古いデジタルカメラのストラップを首から外し「すみませんお願いできますか?」と老紳士は微笑んだ。フィルターを除くと角度的にあまり咲き誇る桜が入らなかったので、下から下からと構図を求めるうちに這いつくばるようにしてシャッターを切った。そんな僕を見て二人は笑った。

「いやあ、ありがとうございました」

「いえ、なんかすみません、つい」

「いえいえ、素敵な写真をどうも」

 膝についた砂と花びらを払って僕らは握手した。

 きっとそこまで求めていなかっただろう。自分の望みすらわからないのだ、他人の望みなどわかるはずがない。しかし自分が何を望み何を求めているのかわからなくとも、今いるその場所は自分の足でたどり着いた場所であるのだし。それなのに僕は昔からいつどこにいたって不満ばかり感じていたように思う。

 被害者意識。それが僕の一番の問題なのかもしれない。いや、おそらくそれは僕だけではなく、僕らの世代の多くの日本人が陥っている問題ではないだろうか。誰かから何かを与えられることを当たり前に感じているような勘違い。あまり深く考えなくてもきっと誰かが救ってくれる。そんな甘い考えで生きてきた、生きていくことができた、そんな僕たち。自由を欲するふりをして、本当はそれが一番怖い僕たち。生きることに対して何の熱量もなく、ただ漠然と、同じように、無意味に、無価値に。それがあたりまえだから。あたりまえこそ正義。

 救われたい。昔からずっと無意識にそう思っていた。何から?わからない。どこへ行きたいのか、どうなりたいのか。そんな具体的なものはありもしないのに。

 福井大学へやって来たのは、そこがあまり勉強せず入れるところだったから。大学で何かを研究したいと具体的に考えていたわけではない。工学部知能システム工学科というよくわからない漠然とした学科を選んだ理由は、確かダイハードを見てハッカーに憧れたからだろう。しかしそれなら情報メディア学科というものもあった。それなのに知能システム工学科を選んだのは、脳の話を聞けるといいなとなんとなく思っていたからだ。この学科では情報工学に加えて機械工学、さらには脳などの生物的な講義も受けることができた。大雑把に言うとロボットを作ろうよって感じの学科。受験勉強の息抜きで読んだ「われはロボット」や「アンドロイドは電気羊の夢を見るのか」といったSF小説が強く影響したのだろう。芯がないのでその時目の前にあったものに染まってふわふわと足を運んでしまう。だから大抵長続きしないし、何も蓄積されず何も成し遂げることができずにここまで来た。

 そもそもが言い訳の上に成り立っている人生なのだ。本当のことを言うと、僕は何もしたくない。受験生の時は勉強がしたくなかった。なので言い訳のためにある夢を立てた。それが小説家になるという荒唐無稽なことだ。そして大学選びは小説を書くための時間を作るためでいいのでどこでもいいなどと言ってのらりくらりと先生や親の説教をかわしてきた。だから今このような文章にわざわざ時間を割いて自己嫌悪を掘り返しながら必死に書いている。

 大学は想像していたよりも数段面白くなかった。もちろんそれは僕の取り組み方の問題だろう。同期と関わることもせず講義に出て出席カードに名前を書いたあとは小説を読みふけっていた。学生カードを読み取り機に通せばいい講義ではそれだけして帰ることもままあった。周りとの関わりに無関心だったのは入学した週にあった泊りがけのオリエンテーションが原因だ。

 学科の生徒全員でバス移動し、近くの温泉地に泊まった。相変わらず薄暗い曇り空の日だった。旅館も空模様に合わせるように古ぼけた冴えないビルだったが、それはそれで僻地の趣があり好ましかった。僕らは学籍番号で班分けされ、その班のメンバーでできることでベンチャーを起業するとしたら何をするかということを話し合って翌日発表するようだった。

 人見知りで人嫌いの僕だが、初めは何とか溶け込もうと努力もした。しかし彼らの考えることは、感覚すべてがゲームの世界に入れるようなフルダイブゲームを作るといったものや、人工知能で全自動のマンションを作るといった、どこかで聞いたことのあるアニメの世界のような話ばかりだった。

「うーん、それはなんか今回の問題と意図が違うんじゃないの?」

 正直ドン引きしながらそう言うと、驚いたことにみんながみんな「いやベンチャーってこういうことだよ」と真面目くさって言うので何も言えなくなってしまった。こいつらは一体何者なのだ、それぞれがいったいどんな資金と能力を持っているというのだ。もう考えるのもあほらしくなり、この時点で大学を辞めたいと強く思った。僕が何か素敵なアイデアを考え出して話を別のところへ持っていければよかったのだが、あいにく僕は僕が願うほど賢くも有能でもなかった。残念。